香煙揺らめく妖譚
~ひとりかくれんぼ~
「ど~も~!!タケシで-す!!今日は都市伝説の”ひとりかくれんぼ”を試してみようと思います!!君は最後までこの恐怖について来れるか!?では、早速始めま~す!!」
俺の名前はタケシ。ユ-チュ-バ-だ。ゲーム実況や都市伝説の体験動画をあげている。
あのひとりかくれんぼの実況動画を撮ってから不可解なことが起きている。四六時中誰かに見られてる気がしたり、勝手に電気がついたり消えたり、この間は金縛りにあった。
さすがに気味が悪い。俺はその手の話に詳しいユ-チュ-バ-に相談をした。するとそいつは俺にある場所を教えてくれた。
「ここに行けば何か解決の方法を教えてくれるかもしれないよ。」
そいつの事を信じてやってきたのはいいが、どういうことだ?教えてもらった場所に行くとそこは古民家のような外観のお店。看板には「月舟」と書いてある。
中に入ると線香の匂いがした。俺に気付いた女性、多分店員だろう。いらっしゃいませと声を掛けられた。
「あの、すいません。人から紹介されてきたのですが…。」
まだ事情を何も話していないのに、その店員は何か悟ったような表情を浮かべた。
「奥の部屋へどうぞ。詳しく話を聞かせて下さい。」
店員の落ち着いた声と優しい笑顔に、教えてもらった場所がここで間違いないのだと分かり安堵する。
通された部屋には高校生くらいの男の子がいた。
「弥太郎、お客様にお茶を出して差し上げて。」
「分かりました。朱稲様。」
どうやら男の子が弥太郎で、女性の店員は朱稲という名前らしい。二人はどういう関係なんだろうと興味が湧いたが、深追いは止めよう。今日ここへ来た目的をまず果たさないと。
「まず自己紹介をさせていただきますね。私は不知火朱稲(しらぬいあやね)と申します。ここで店主をやっております。そちらにいる男の子は弥太郎(やたろう)。お店の手伝いをしてもらっています。」
「あ、どうも。俺は齋藤武(さいとうたけし)っていいます。ユ-チュ-バ-っていうのをやってるんスけど…。」
「ユ-チュ-バ-?」
朱稲はユ-チュ-バ-を知らない様子だ。弥太郎が、携帯電話の画面を朱稲に見せる。
「こんな感じで自分の撮った動画を投稿する人のことです。」
「へぇ~今はこういうものがあるのですね。」
弥太郎の携帯をまじまじと見ながら、朱稲が呟いた。
「あ、お話の続きをお願い出来ますか?」
「はい。それでこの間、ひとりかくれんぼの実況をやったんスよ。そしたらそれから不可解なことが起きていて…どうにかならないかと思ってここにきたわけです。」
「不可解なこととは?」
「四六時中誰かに見られてる気がするし、電気が勝手についたり消えたり、この前は金縛りにあって、何かもう気味が悪くて。」
「お前ちゃんと、ひとりかくれんぼを終わりにしなかったんじゃないか?」
携帯の画面を見たまま弥太郎が言った。というか敬語使え、お前呼びもやめろ。
「弥太郎、齋藤さんってお呼びしなさい。あと、敬語でお話しなさい。」
朱稲さんがすかさず注意してくれたおかげで、喉くらいまできていた文句を飲み込むことができた。
「すいません。」
「ちゃんと終わりにしなかったってどういうことだ?」
「ひとりかくれんぼは最後、人形を見つけて”私の勝ち”を3回言わなければならない。齋藤さんの動画を見ていたのですが、それをやっていなかった様だったので。」
「やらなかったんじゃなくて出来なかったんだよ。風呂場にあるはずの人形がなくなっていたから。」
「!?」
二人は俺の言葉に驚いていた。
「な、なんスか?」
「齋藤さん、ひとりかくれんぼは降霊術の一種と言われています。大抵は何も起こらないのですが、齋藤さんは亡者の霊を呼び寄せることに成功してしまったみたいですね。」
「どうしたらいいんですか?」
「人形を探してください。そうすれば、かくれんぼは終わります。」
「分かりました!」
早速、探しに行こうと立ち上がった瞬間だった。すごい勢いで黒い影のようなものが俺に襲いかかる。
「齋藤さん!!」
襲われるギリギリのところで、弥太郎が俺を引っ張った。その勢いで尻もちを着く。
「な、何なんスか。こいつ。」
「亡者の霊の分身です。お怪我はありませんか?」
弥太郎は俺を庇うように黒い影との間に入り、お互い向き合ったまま動かない。朱稲さんが駆け寄ってきてくれた。
「大丈夫です。」
「良かった。齋藤さん、これを。」
そう言って朱稲さんはおれにお守りのような物を渡した。
「これは?」
「その袋を叩いてください。」
朱稲さんに言われた通り袋を叩く。叩いた瞬間、線香のような香りが広がった。
「これは特殊なお香でして、齋藤さんのお姿をあの怪異から隠してくれます。効力は2時間程です。その間に人形を探し出してください。」
「2時間…。」
「大丈夫。きっと見つけられます。さぁ、ここは私たちに任せて、行ってください。」
「分かりました!」
とりあえず自分の家をもう一度探そう。立ち上がり走り出そうとした時、朱稲さんが言った。
「もし齋藤さんのご自宅に人形がなかった際は、幼い頃の思い出がある場所に行ってみてください。」
不思議そうに見る俺に、朱稲さんは微笑んだ。
「行ってらっしゃいませ。」
ズキッと頭が痛んだ。俺は何かを忘れているような気がする。でも、今は立ち止まっている時間はない。俺は走り出した。
「あいつ、行きましたか?」
「名前で呼びなさいと言ったでしょう…行きましたよ。」
「こいつどうしますか?」
「もう手は打ってあります。」
今まで弥太郎と対峙していた黒い影は突然、苦しみだし倒れた。
「この部屋に焚いているお香は、貴女のような方には少し合わないかもしれませんね。申し訳ありませんが、少し眠っていてください。」
「倒さなくて良いのですか?」
「こちらを倒しても本体が残っていては意味がありません。齋藤さんが無事に人形を見つけてくれることを願いましょう。」
――――――――――――――――――――――――
「ハァハァ…ない。どこにもない。ちくしょう!どこ行ったんだよ!!」
苛立ちを抑えきれず、壁を殴る。家の中は全て探したが、人形は見つからない。気持ちは焦るばかりだ。
「そういえば、朱稲さんが家になければ幼い頃の思い出の場所に行けって言っていたな。思い出の場所…。」
必死に考える。
「公園…昔よく遊んでいた公園だ!」
俺は公園へと急いだ。
着いた頃には日が暮れ始め、公園には子どもの姿は疎かひとっこ一人いなかった。この公園は昔からそうだ。あまり人が来ない。
だが今は人がいないのは好都合だ。俺は公園をくまなく探し回った。
草が生い茂ったところに手を突っ込んでみる。何かが手に触れた。それを掴む。
―――――――――――――――――――――――――
「…ダメ。」
「!」
床に倒れていた黒い影が呟く。
「それを見つけちゃダメ!!」
黒い影は立ち上がると同時に叫ぶ。そして、ものすごい勢いで飛び出して行った。
「お香が効いていると思って油断していました。急いで齋藤さんの元へ行かないと!」
「本来の姿に戻ってもよろしいですか?」
「許可します。」
朱稲の言葉を受け、弥太郎は腕につけていた数珠をはずす。弥太郎の姿はみるみる人の姿から狐のような姿に変わった。
「朱稲様、しっかり掴まっていてください。」
「はい。」
次の瞬間、目にも留まらぬ速さで弥太郎は齋藤の元へと駆けて行った。
―――――――――――――――――――――――――
俺は幼い頃、引っ込み思案で友達がなかなか出来なかった。だからみんなが遊んでいる公園には行かず、家から少し離れたこの公園で一人遊んでいた。
その日も一人で地面に絵を描いて遊んでいると、大学生くらいの女の人が声を掛けてきた。
「君、絵が上手だね。」
優しい笑顔と声に安心して、その日を境に俺はその女の人と遊ぶようになった。あの日もいつものように遊んでいたんだ。
「今日は何して遊ぼうか?」
「う~ん…かくれんぼ!ずっとしたかったけど、一人で出来なかったから。」
「よし!じゃあ、かくれんぼしよう!」
「やった~!!ジャンケンで鬼を決めるよ。」
「わかった。ジャンケンポン!」
俺が負けて鬼になったんだっけ。
「お姉さん、見つかんないなぁ。」
「(フフ、探してる。)」
それで、お姉さんを探している途中、強風が吹いて被っていた帽子が飛んで行ったんだ。
「あ、帽子!」
俺は帽子を追うのに夢中で道路に飛び出したことに気づかなかった。
「武君、危ない!!」
「え?」
何が起こったのか分からないまま、強い力で突き飛ばされた。車のブレーキ音と横たわる女の人、通行人の悲鳴。
あぁ…俺はどうしてこんなに大事なことを忘れていたんだ。
掴んだ物は、俺が探していた人形だった。人形を掴んだことにより、先程の記憶が呼び起こされたようだ。このかくれんぼも終わりにしよう。俺は涙を拭って呟いた。
「私の勝ち、私の勝ち、私の勝ち。」
「見つかちゃった。」
どこか懐かしいその声の方に顔を上げる。そこにいたのは、あのお姉さんだった。
「俺…ごめんなさい。俺のせいで貴女は…しかもそれをずっと忘れてたとか、マジ最低だ。ホントに、ホントにごめんなさい。」
泣きながら謝る。お姉さんは最初に出会った時と変わらない、優しい笑顔と声で俺に言う。
「謝らないで、武君のせいじゃないわ。また会えて良かった。こんなに大きくなったのね。」
お姉さんの手が俺の頬に触れた。微かだが温もりを感じたような気がした。
「どうか元気で…さようなら。」
そう言い残すと女の人は消えてしまった。
「齋藤さん!」
「朱稲さん。」
夢のような出来事に放心状態だったが、朱稲さんの声に我に返った。
「人形、見つかったんですね。良かった。」
「あの、変なこと言ってると思うスけど…人形を見つけて、かくれんぼを終わらした後、昔遊んでいたお姉さんの姿が見えて。」
「あの黒い影の正体です。人形という本体を見つけたことにより、本来の姿に戻ったのでしょう。」
「あの黒い影が…。」
「齋藤さん、ひとりかくれんぼは降霊術の一種とお伝えしたのは覚えていますか?きっと齋藤さんの、その方に会いたい気持ちが強かったのでしょうね。」
「忘れていたのに?」
「忘れていたのではなく、大事に大事にしまっていたのですよ。大切な物を隠すように。」
朱稲さんはハンカチを俺に差し出した。
「そしてやっとそれを取り出す時がきた。ただ、それだけの事です。」
「そっか。」
俺はそのハンカチを受け取る。
「さぁ、暗くなってしまいましたし帰りましょう。」
辺りは日が暮れすっかり暗くなっていた。朱稲さんたちと別れを告げ、家路に着く。こうして俺の長くて不可思議な一日は終わりを告げた。
あの日以来、不可解なことは起きなくなった。
「こんにちは~!」
俺は先日のお礼をするために再び”月舟”に訪れた。
「齋藤さん。こんにちは。その後はいかがですか。」
「おかげ様で不可解なことは起きなくなりました。今日はそのお礼で来たんです。これ良かったら食べてください。」
「あらあら、お気遣いいただいてすいません。有難く頂戴致します。悩みが解消出来て良かったです。雰囲気も以前と変わりましたね。」
「へへ。これから会社の面接なんです。あれからお姉さんの墓参りに行って、自分の生き方を見つめ直したっていうか…お姉さんが守ってくれた命だから、もっと大切にしないとって思って。何か上手く言えないんですけど。」
「そうですか。とても素敵な考えだと思いますよ。」
「ありがとうございます。」
齋藤さんは少しはにかみながら笑った。
「あいつが来たんですか?」
齋藤さんと別れを告げた後、弥太郎が店先へ顔を出してきた。
「弥太郎ったら…齋藤さんでしょう?とても良い表情をされていましたよ。」
「そうですか。」
「さぁ、今日はそこの棚の整理をしようと思っていたんです。弥太郎、手伝ってくれますか?」
「もちろんです!」
ここはちょっと不思議なお香屋”月舟”。
今日もまた不可解な現象に悩める者たちが、足を運ぶ場所。
さて、今日は一体どんな悩みをもったお客様が来店するのか。
それはまた別のお話。
END