放火したお客さん
今日は、ある日放火事件に巻き込まれた時の話。
私は、とある金融機関で営業として働いていた。
そのお客さんは朝の開店前の時間に訪れた。まだ営業マンが朝の会議をしている、朝の8:00くらい。
金融機関は9:00に開店するので、その1時間前には全体朝礼なり、課の会議が行われるのだ。
その日も、営業全員が2階に集まって朝会をしていた。そこに、営業事務の女性の方が尋常ではない足音を立ててやってきた。
「一階に火が...」ここの台詞は定かではない。私はすでに、緊急事態のため脳が機能しておらず、その場でくるくる回っていた。おそらく色んな人が動くのをただ見ていたのだと思う。いざというとき、私って何の役にも立たない...
部長が何やら指示を出したのを皮切りに、入社2,3,4年目の営業マンが走りながら消火器をつかんで一階に降りた。
私がしっかりしてると思っていた元柔道部の若手は、一歩も動かなかった、よく笑う人懐っこい若手と後輩を手玉に取った遊び人風の若手は瞬間的に消火器を持って走っていった、緊急時に人ってわかる。いつの間に消火器の位置を把握してたんだ、そう思いながらその場でテンパっていた。
私たちは騒動が収まるまでは2階に居たので詳しいことはわからないが、事務の女性が人質にとり、自分の行動を阻止されないようにしてから、灯油を自分と床に撒き散らしながら火を付けた。
灯油なので大事に至らず、人質も無事解放され、その後警察が来て逮捕された。
私は、煙の立ち込める1階に一旦降り、荷物を持って上に上がるように言われていた。しかし代表電話は1階。急な責任感で必死で電話の応対をした。
「ただいま緊急事態につき、こちらの番号にかけ直してください。」「担当者から折り返しお電話させていただきます。」
このあたりの台詞、当時の黒のジャケット、座った席、消防の人の背中、そういったものを鮮明に覚えている。
このあたりから、私は機能し始めたのだろう。
先ほど何もできなかった罪悪感を感じていたのか、みなが避難しても、踏みとどまって一人で電話を受けた。
そのお客さん、私が担当ではなかったけどとても仲良くて。食事に行ったり、飼ってる犬を見せてもらったりしていた。
人質にされた先輩も顔馴染みだったはず。恨みがあるとは思えない。
担当者の同僚もとても穏やかな子で。最近は取引もないので、なぜうちなんだろうと。しかし、新聞の見出しは「損失」「恨み」などいう文字が並んだ。納得いかない。
お客さんは、お店に来て体にも店にも灯油をかけて火を付けた。それはここで死のうとしたと言うこと。私たち、会社とはもめ事ないはず。行く場所がなかて死に場所をここに選んだんだなとその場では解釈した。
お客さんと親しくしていたメンバーは夜にこっそり集まって泣いた。ここまでダメになっていたお客さんのこと、楽しかった昔のこと、火を付けるまで追い詰められたこと、犯罪者になってしまったこと。
先見の明はあったけれど、人をあまり信用しなかったお客さんは、残っていた部下にも取引先にも裏切られた形となり、それに耐えられなくなり火を付けたのだろう。後で知ったが取引先にも火を放っていたという。
この件では、何もできずくるくる回るシーン、電話のシーンがやけに印象に残っている。
私はいざというとき何もできないけれど、その後他の手段で挽回しようとするライフスタイルであるということだ。とっさに機転が効かないのは残念ながら今も変わらない。
他にも思うことがある。
人を信用しないで、商売=ビジネスを成功させるのは難しい。彼には右腕と呼ばれる人が居たが、彼をも信用していなかった。それを話して聞かせる私たちも信用されてなかったのだろう。
このような事件であったり、毎月毎月の営業の中で、泣いたり笑ったり感情を共有した同僚は、今でもやっぱり友達であるということ。多くを語らずとも理解し合える戦友といったところか。大変な思いはしたけれど、得るものも多い職場だった。私にとって人は財産だ。
今日はここまで。
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