動物特別講師の派遣について
毎年9月には、国から依頼された「動物特別講師」が全国の小学校へ派遣されます。そして動物たちが皆さんの小学校で授業を行うのです。
すこし昔までは動物と人間はあまり会話をすることができませんでしたが、スマートフォンの技術の進歩で、ある日を境に簡単に会話ができるようになりました。
その技術を発明したエンジニアも最初はびっくりしたといいます。だって、テレワークで自宅で作業していたら、横で寝ていたトイプードルが「いつもお疲れ様ですね。そういえば今日のお昼チキン南蛮みたいなもの食べてましたよね。ずるいですね。」と突然しゃべったのですから。
そのエンジニアさんは長い間、「スマートフォンを触らずに操作をする方法」を開発していました。頭の中にある脳みそは、思っていることを電波で体に伝えています。例えばドーナツを食べるということを電波で体に伝えて、みなさんはドーナツを食べる為に体を動かすのです。
だから、そのエンジニアさんは脳みその電波でスマートフォンも体みたいに操作出来るんじゃないかと考えたんです。
5年前の2020年のことです。試作品のスマートフォンを家で操作していたら、自分の脳の電波だけではなく、トイプードルの脳の電波をスマートフォンがキャッチしてしまいました。すると、動物の言葉を人間の言葉に翻訳してしまったのです。
そのスマートフォンは、翻訳機『しゃべる』として商品化され、すぐに日本中に広がり、そして動物や人間の生活が変わっていきました。
盲導犬や介助犬という人間を助けてくれる犬の首輪につけられるほど小さくなり、人間に話しかける盲導犬や介助犬がたくさん生まれました。ネズミたちの声を聴いて地震を予知したりできるようになりました。鳥たちの声を聴いて天気もさらに詳しく分かるようになりました。
ほかには、動物園や水族館の動物たちの声を聞くことによって、さまざまなことがわかりました。人間と過ごしたい動物と、自然に帰りたい動物がいることが分かりました。
人権というものがあるように、喋れるようになった動物たちは自分たちの意見を伝えて、動物の権利を得ることができたのです。
たくさんの動物と動物のことが大好きの大人たちの活動によって、自然に帰りたい動物たちは生まれた場所に帰ることが出来ました。海や森や山やサバンナです。
人間が嫌いだ、という動物たちもいましたが、中には、「大好き!」と言ってくれる動物がいることがわかりました。ですので、動物園や水族館に残った動物たちもたくさんいます。安心してくださいね。
「しゃべる」が発売されて数か月後、日本の群馬県というところの小学校に住んでいた狸が、授業中ドッジボールしていた小学生のみんなに話しかけてくるということがおきました。
なんでも、その狸は小学生たちとドッチボールがしたいと言うのです。「しゃべる」が開発されたとはいえ、野生動物の方から人間に話しかけてくることはなかなかありませんでした。だから子供たちも先生もびっくりしました。
そして先生は悩みました。狸にも動物の権利があるとはいえ、人間には有害になるバイキンを持っていることもあるからです。
先生は、狸にきちんと手や足を洗って、うがいをしてくれれば参加してもいいよ、と言いました。うがいの仕方は小学生の友達たちがみんなで教えてあげました。
狸はボールを投げることはできませんでしたが、小学生たちが投げるボールをよけたり、同じチームの投げるのが得意な子にボールを渡したりしてドッチボールを楽しみました。
小学生たちはとてもはしゃいで遊びました。小さな狸をかばって、強い子もそうでない子もみんな協力して楽しく遊んだのでした。ドッチボールが終わると、狸はありがとう楽しかったといって帰っていきました。
その先生は、あまりに児童たちがみんなで楽しそうにしていたので、授業もその狸に手伝ってもらうことはできないかなぁ。と、そう思いました。でも大人が大きな組織で働いている以上、一人で決めることはできません。
先生は校長先生に相談しました。大人はだいたい人に相談するのが得意なのです。ほうれんそうといいます。
校長先生はおなかの大きな狸の置物みたいな人でした。先生の話を校長は怖い顔をして聞いていたので、先生は、これはやっぱり怒られちゃうかなぁと思いました。でも話が終わると校長先生から
「いいね、やろうよ!いいこと思いつきましたね、先生!」と、とてもいい返事をもらえました。嬉しいですね。
あとは、児童のご両親に許可をとったりする難しい物語がありますが、私もそこはちょっとよく分かっていないし、皆さんもそんなに興味はないと思うのでここでは書きません。とにかく許可が下りたのです。つまりは、いいよ!ってなったんです。
先生は体育館の裏に行き、狸を見つけ、狸に授業をしてくれるかどうかきいてみました。すると狸は最初は照れ臭そうにして、いやですよむりですよともじもじしていましたが、先生の実家がトマトをたくさん栽培しているトマト農家で、授業をしてくれたら君にたくさんあげるからお願い!と頼まれると即答で授業をすることを決めました。トマト好きなんですね。
さてさて翌日。
狸は三時間目の一時間を児童たちに授業を教えることになりました。
でも、算数や国語や社会や理科も、なんにも全部わからないのです。足し算だって、ひらがなだって、なんにも全部わからないのです。そんな狸が小学生のみんなにいったい何の授業をするのでしょうか。
でもちゃんと先生は考えていました。狸にさまざまなことを質問していったのです。
子供の頃に覚えていること、どんなものを食べているのか、どんな食べ物が好きなのか、嫌いな動物と好きな動物、そしてその理由。もし人間になれるなら何がしたいか。死んだらどうなると思っているか。
本当に様々な質問をして、狸は考えながら答えていきました。子供たちは笑ったり不思議がったり、怖がったりしながら、狸の話をたくさん聞きました。授業が終わる時は、なぜかみんなは静かで、先生は(楽しくなかったのかなぁ)と思ってしまいました。
先生はクラスのみんなに何か質問はないかい?とたずねました。すると、クラスの女の子の一人がこう答えました。
「質問はないけれど、すごく心に残ったのは、狸さんの妹が車にひかれて死んじゃったことと、狸さんのお父さんが人間が捨てたごみ袋に入った食べ物を食べていたら、缶詰で口を切ってしまいとても痛そうだったということです。私のお父さんやお母さんも車を運転しますが、動物たちの大切な家族を殺してしまうのはとても悲しいことだと思いました。だから、私は気を付けたいです。ごみを捨てないことはできませんが、とにかく、気を付けたいと思いました。たぬきさん、ごめんなさい。」
たぬきはきょとんとしていました。事故にあったのも、缶詰で口を切ったのも、たぬきたちの不注意で起きたことだと思っていたからです。自然の中では、ほかの動物に襲われることなんて当たり前だし、けがをすることも、不注意で死んでしまうことも、とても普通のことだったからです。
その後もたくさんの児童がたぬきに質問をしました。狸がひいおじいさんやひいおばあさんに聞いた話や、うんちの仕方や、怖い動物のことや、たくさんのことにたぬきは答えました。
授業が終わって、子供たちは本当にたくさんのことを学びました。この街に住んでいるのは人間だけではなくてすずめももぐらもカラスも人間とおなじようにさまざまなことを感じながら生きていることが、たぬきの話を通してわかったからです。
この話は新聞やテレビですぐに取り上げられて、たぬきのことを取材したいと、テレビや全国の学校の先生たちがその小学校に集まってきました。
国の教育機関も、同じように興味を持ち、「動物の授業」について調査を始めました。一年後、動物の授業を希望する学校には、国から検査の済んだ安全でおとなしい動物の先生を派遣することが出来るようになったのです。その先生の事を「動物特別講師」というのです。
全国のさまざまな小学校に、たくさんの講師が派遣されました。みなさんが日ごろ授業を受けている教室に、動物たちがやってきて、みなさんの質問を受けたり、自分たちの生活について話したりするのです。想像してみてください、皆さんの教室に動物の講師がやってくるところを。
ある小学校には、大きなメスの馬の先生がパカパカとやってきて、教壇に横向きにたって児童たちと授業をしました。
別の小学校には、もぐらがやってきて、教卓の上で授業をしました。別の小学校には鹿がやってきました。いろんな小学校にペリカンも、ペンギンも、ハリネズミもやって来ました。
移動式のプールで水族館からイルカがやってきて、校庭で全校生徒に授業をした学校もありました。ハシビロコウという鳥の授業では、ハシビロコウが何もしゃべらないので、生徒も先生もとても困ったということでした。
皆さんの教室に動物特別講師が来たら、どんなことが知りたいですか?
どんな動物に来てほしいですか?
もしよかったら私を呼んでくだされば、どこへでも授業しに行きますよ。