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古川柳かづみ読みvol.3:テーマ「心中」

 冒頭に言い訳を書くのはそろそろ止めようと思っているのですが、昔の文章を再掲するというのは、やはり恥かしさが抜けないので、今回も書かせてください。文章の最後は面白いと思ってオチをつけてる(つもり)なんです。苦笑してやってください。


▽まえがき

 さてもこの世は男と女である。
 男と女が出会い、恋して、結ばれて。めでたしめでたしの物語ですが、そう簡単にハッピーエンドとならないのも、この世の習い。この世で叶わぬことなら、いっそあの世で……と思い詰めてしまう例もあり。
 今回のテーマは「心中」でお送りします。

▽死に切つて嬉しそうなる顔二つ

 心中をテーマとした有名な一句。思い思われる仲の二人は、恋の成就者としては幸せでしょうが、恋だけで生きていけるものではありません。身分違いの恋、義理や借金から抜け出しての逃亡劇。今日という日を生き延びることも難しいとなれば、恋の歓喜のてっぺんで死ぬことを選んでしまうのでしょう。

▽心中はほめてやるのが手向けなり

 心中は褒められたことではありません。残された家族・お店(たな)への迷惑、踏み倒された借金、反故にされた義理等を思えば、人生のやり逃げのようなもの。
 しかし、そこで「親不孝」だの「義理知らず」だのと罵らずに、「浮気じゃなく、恋の本気を貫いたのだ。天晴なことよ」と褒めてやろうというのが、川柳の目線ですね。

▽日本橋死に損ないが二人なり

 褒められたことではない証に、死にきれず生き残った場合には厳重な罰が待ってました。お江戸のど真ん中・日本橋に三日間晒しものにされた挙句、まっとうな市民生活からは追放、となっていたとのこと。さらに追い討ちをかけるように…

▽江戸の真ん中で別れるなさけなさ

 男女は引き裂かれての追放で、もう踏んだり蹴ったりです。それを考えると心中に成功した二人の顔が<嬉しそう>なのも、別の意味で納得出来ることですね。

▽恋止めてこがれ死ねとは強意見(こわいけん)

「あの人と一緒になれないなら死ぬ!」などと口走るのは純情盛りな娘さんでしょうか。恋の許しをもらうための脅し文句で言ったのに、親から返ってきたのは「なら、焦がれ死になさい」とキツイ叱責。恋ごときで死ぬわけはないと知っている母の声には重みがあります。
 叱られた通りに母は叱るなり

▽心中があるで強くも叱られず

 町中の娘さんではなく、遊女相手では強気に出られぬ理由になっていた模様。この句で叱っているのは、遊郭の“遣り手”ですね。
 遣り手といえば、遊女を監視監督する存在。嫌がる遊女をあの手この手を尽くして、無理な勤めを強いるのが仕事です。けど、やり過ぎた挙句に遊女を死なせてしまっては、元も子もありません。冷酷無慈悲と思われがちな遣り手も、手綱のさじ加減に苦労していたのかもしれません。

▽死(しに)に行く道で財布を拾い上げ

 手に手をとって、死にゆく道行きの途中で財布を拾ったというのです。死ぬしかないと思い詰めた二人の懐が潤沢なはずは無く(だからこそ心中を企てるのでしょうから)。
 拾った財布がズシリと重ければ、無言で互いに目を合わせ「この金があれば死ぬ必要はない」と瞬時に了解したことでしょう。地獄の沙汰も金次第。渡るこの世も金次第。拾ったのは財布だけではなく、道行き二人の命でもあったと思います。

▽風雅な意見死んで花咲くものか

 死を思うほど追いつめられた人間に「死んだら花は咲かないぞ」なぞと諭したところで、屁のツッパリにもなりはせん……というのは、下品な物言いですね。失礼。現実に切羽詰まった人間に、抽象論で説得しようとしても無駄ってことです。“花”って何?“咲かせる”って何? それより、食うもの着るもの雨露しのげる場所をくれよ……と即物的な訴えこそ本音。即物的な本音って、やっぱり下品?
 で、わたしのように下品な表現を用いず、「風雅な意見」とやんわりと皮肉っているのが古川柳の滋味深いところでございます。

▽心中の邪魔して今に礼を受け

 邪魔した当座は当人たちには憎まれるでしょうが、色恋に熱くなって暴走する若者を宥めるのは年長者の役割。死なんとする二人を抱き抱えて引き離し、理を説きます(もちろんこれは「風雅な意見」ではいけません)。
「おまえはまだ修行の身だ。一人前になるまで精進すれば、きっと所帯を持たせてやる」などと親方に説得されて仕事に励み、晴れて夫婦になった二人が<心中の邪魔>をした人にお礼に来ます。そのお礼の日まで、何年かかったか分かりませんが、一人前になるために精進した男も、そこまで待った女も、気骨がありますね。

▽心中は刺鯖(さしさば)からの思い付き

 刺鯖というのは“鯖のひらき”のことだそうです。ひらきにすると、一匹が二匹のように見えることから、心中した二人が離れぬように紐で結んだのは、このひらきからの発想だろう、という句。心中と鯖のひらきを一緒にするなよ…と思いますが、この無責任な見方も、また川柳。

▽人魂(ひとだま)もならんでとべばにくらしい

 心中した二人の人魂ですね。ここまで睦まじくされちゃ「勝手にやってくれ」と言うしかないでしょう。仲良きことは美しき哉。

 ところで、わたしの魂の相手は何処にいるのでしょう? まあ、死んだあと、いっぴきの人魂で飛んで、カップルを怖がらせるのも一興ですが。

現代川柳研究会「現代川柳」2012年9月号掲載分を加筆修正
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