むかーしむかしから あるところに 愛しているよは住んでいました。 愛しているよは 見えたり見えなかったり いたりいなかったりなので 知っている人は知っているし 知らない人は考え及んだこともない という有様でした むかーしむかし 愛は 発明だったと言われています 果たして本当にそうなのか いつの世も生きにくいのは同じ 家族の愛 男女の愛 愛なくして どうして生き抜いていけましょうか そもそも 愛とは何でしょうか 取って食べてしまいたい 気持ちでしょうか いっしょにいたい
夢からの返信を待つ 夢は 記憶の渦を映す 懐かしい君の笑顔 見たことのない 服を着て 聞いたことない 懐かしい思い出を話す さあ行こう どこへ? 待っていたよ 私も 幾重にもくるまれた キャベツの葉芯のような 思い出の中心 事実と感情の絡まりと 忘れたいような気持ちが 繊細な葉脈のように 夢の中では 白くぼんやりと光って 視界の外に消える あれはなんだっけ? 記憶の襞に消えた 大切なそれ どうして忘れてしまったのかな 目覚めては 追いかける 記憶の中のそれ
夜の空は 息の色 ひとつ ひとつ ひとつ またひとつ あまたのからだから ひとつ ひとつ またひとつ ベッドから滑り落ち 階段を降りて 玄関の隙間から 夜に滑りこむ 草木の どうぶつの いとなみを 見守った日差しが 温めたからだから 夜に放つ 夜の空は 息の色 ひとつ ひとつ またひとつと 息が 地表をおおい 空に昇り 夜の空を 温める
好きなもの ひとつずつ 星にあげる 星には あふれてる 夕凪の海 沢蟹の砂色の背中 あのこの笑い声 途切れた言葉 きみの聞いた音 いつかみた色 星は ひとつぶひとつぶと 輝きを増す きらきらと眩く 星が足もとを照らす 道に迷わないように 見あげれば星がよぶ いつかひとつになる ただいま おかえり
おとうさんのうまれたうち ふきとんでしまったみたい おとうさんはいなかにいて かおのなくなった たくさんのひとが にげてきたって おとうさんのうまれたうち おとうさんろくねんせいだった はたをふっていた うめぼしがひかってるやつ おとうさんのおとうさん あのひからすこしして ともだちをさがしにいった ともだちにあえたのか きかなかった なくなったみたい なつかしいにおいのする おとうさんのうまれたうちも となりのひともいえも そのまたとなりのひともまちも いぬもね
失ったもの 失いたくないもの 失うかもしれないもの 失うだろうもの ゆるゆると 失う 失っていく 遠いところにいくだろう 持っていけるものは わずか ひとかけらの私と ひとつぶの涙 さえも
はずむ はずむ おとが おとが た た た たた たた たん わたしのからだが おとを つくる た た た たた たた たん と と と とん ととん とん わたしの音は 時間からも 痛みからも 考えからも つかまらない とき はなて た た た たん たたん た うみ だせ と と と とん ととん ととん と !
わかみどりの山の尾根を 白い雲がのりこえようと 山肌をけぶらせる こんな日が来る なんて思わなかった 坂道に逆らった景色で めぐりあった君と 春荒れの風を見送って 昼食をとる 野菜たちは 美味しいままで 彩りよく幾何的になって ゆでたりつけたりやかれたり こしたりまぜたりつぶされて スパイスの風に巻かれて 発酵の宵をすごして こっぽりとソースを纏ってる コックさんの 仕立て屋みたいな計らいで 風が走り抜ける あの山の雲と出会うはず 風は地の上を転がって 雲を打つ 白
うちの前では シャチが泳いでたんだって その当時 世界は台所の窓までしかなかった その当時 世界は虹でできていて 虹の敷居 虹の畳 虹の天秤 虹の魚 虹の窓 光の子どもたちが 笑いながら 押し合いへし合い さんざめき ぶつかり合っては 虹が沸き立った 台所は虹色で浸されていた 台所に立つ虹色のお母さん 窓のむこうも きっと虹色で 虹色のシャチが 虹の波間を 泳いでいたんだ
瞬きのぶんだけ 世界は進む 私が眠れば 世界も眠った 遠くに霞む こんもりとした鎮守の森と 平たい町工場 じっと見ていると 灰色に静まり返っているので 瞬きしてみる リズミカルな静寂 古い映画のよう 森と町工場を 時間が刻んでいく 端切れになった森と町工場は 滲むように佇んでいたっけ 瞬きのぶんだけ 世界が進む 私が眠れば 世界も眠った
きみをみつめてる ぼくのひとみのなか きみをやきつける くるくるくるくる きみのひとみ きみのくちびる きみのかみのはえぎわ くるくるくるくる くまなくほしをしらべるみたいに ぼくのひとみのなか きみはまわりつづけてる まわりつづけてる もうなんじかん もういくにちも みえるとこみえないとこ くまなくしらべたつもり わかったつもり つもりつもって ぼくのひとみはぱんくしそう きみのこえはどこ こえにならない ことばたちは よつゆのように きみのほほをぬらしてる
つちのはらわた つちをはむ つちをひりだし つちをはむ つちのはらわた はだいろピンク ぐるぐるぐるぐる どこからどこまで おれなのか つちのなかさんじげん ふかふかのさんじげん たいこのむかしから よじげんにふかふか とどまらぬふかふか おわりなきふかふか ふかふかふかふか つちのはらわた つちをはむ つちをひりだし つちをはむ はむはむはむはむ ひりひりひりひり はむはむはむはむ ひりひりひりひり わたしたちは土の上 ぐるぐるぐるぐるしているよ 五色のお供物さしだすよ
這いつくばる おしゃべりな 春待ちの草花たちを うつむき加減に 見つめている 立ち上る 冷涼な生気を 惜しんだり 手放したり ふくらませたり ささやきにかえていく 若草色のぼうしの ならびゆれる ところに
ぼくにはふたつしんぞうがある ぼくのからだのなかには ひとがひとりすんでる どっちがどっちいまはこっち はやくでてこいぼくのわがまま ぼくにはふたつたましいがある ぼくのからだのなかから ひとがひとりでてきた あっちこっちどっちそっち はやくみせてよきみのわがまま ぼくにあったのふたつのしんぞう ぼくのしんぞうどきどきどきどき どっちがどっちいまはこっち とおいところへはなれていても としをとってしわしわでいても ぼくをわすれてしまっていても うちつづけてる ひびきあっ
そのひとは とてもゆっくりおおきくなる やわらかいはだ ぴんくいろのくちびる こんとらすとのきいた くろぐろとしたひげの すこしのびたところ そのひとは かけられたことばをくりかえす ふしめがちにこうかくをあげて すこしわらう ふと まっすぐにわたしをみる いまこのちきゅうに おりたったところ もうなんども おりたったところ くうきをかきわけてあるく すばやくたしかめる おもさにひたされないように すばやく そのひとは いえにかえると すこしおもさを
幾度でも 幾度でも 幾度でも 言うよ 幾度でも 幾度でも 幾度でも 聞いて 人間だけど 人間だから 人間だもの ことば こえ おと 砂粒のように 指のあいだからこぼれても また 幾度でも 幾度でも 幾度でも 伝えるから