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SWPBSの試行:先生方の抵抗感を考える

はじめに

ある学校での出来事です。

校内研修を経て、教職員間で合意を形成し、SWPBS(School-Wide Positive Behavior Support)の試行にこぎつけました。先生方は「望ましい行動」を見つけた際にチケットを渡すことを共通理解していました。学級ごとに段ボール製の回収箱も準備され、収集されたチケット数に基づき、学校全体の取り組みを評価する計画も整いました。 しかし、いざ取り組みが始まると、積極的にチケットを配布する先生がいた一方で、全く配らない先生がいました。推進リーダーが協力を呼びかけ、多くの先生は参加を続けましたが、抵抗感を示す一部の先生の態度は変わりませんでした。

試行段階はPDCAサイクルの最初の一周目です。SWPBSは、共通理解をもって準備したことに取り組み、成果や課題を確認し、手続きの改善を目指す、といったサイクルを繰り返すので、まずはテストする必要があります。組織としては新しい挑戦ですが、冒頭の例のように、全員が同じように積極的に参加するとは限りません。そこで今回は、取り組みに抵抗感を示す先生とどのように協力し、SWPBSの実践を進めていくかについて考えていきます。

なぜ先生は適切行動を承認・称賛するのか

校内研修でSWPBSに触れた先生の中には、「これは良い取り組みだ」「自分のこれまでの指導とも一致している」「きっと効果がある」と理解を深めた方も多いでしょう。 そうした先生が起こす承認・称賛という行動をABC分析してみると、子どもが適切行動を取ったとたん(A)、先生はその場で承認や称賛の言葉をかけ、トークン(B)を渡す、という構図が整理できます。トークンを受け取った子どもが「やった!」と喜び、周囲の先生や子どもたちからも「すごいね!」と声をかけられるたびに、トークンを渡した先生自身は、承認・称賛したことが強化されます。このポジティブなサイクルが、SWPBSに積極的な先生の行動を後押ししているのです。

一方で、「人の良いところを見つけてほめる」という習慣がない先生の場合、トークンを渡すタイミングがわからなかったり、トークンの渡し方がぎこちなくなったり、具体的な言葉がけが不足することもあります。その結果、子どもや同僚からの反応が薄く、先生自身も「承認・称賛はそんなに意味ないかな」と感じ、承認・称賛自体も消極的になってしまうかもしれません。 こうした場面では、先生同士でポジティブな声かけをすることが重要です。例えば、戸惑いながらもチケットを渡した先生に対し、同僚が「早速取り組んでいますね!」「素敵な方法ですね!」と声をかけることで、その先生が続けやすくなります。さらに、職員室で「どんな行動を見て渡したのか」「渡すタイミングはどうだったのか」と共有すれば、先生方の工夫や気づきが広がります。推進リーダーや管理職がこうした風土を作ることは、試行段階から欠かせない取り組みです。

承認・称賛に対する抵抗を下げる環境づくり

これまでの話は、ある意味「大人へのPBS」の「第1層支援」でした。先生という集団全体に対する働きかけを受けて、積極性が増してくることは期待したいところです。しかし、それでも承認・称賛に抵抗を感じる先生もいるかもしれません。そうした先生を「なんでやらないんだ」「不真面目だ」などと非難するのはPBS的とはいえませんね。

ここで、寓話「北風と太陽」を思い出してみましょう。北風が旅人のマントを力づくで奪おうとすればするほど、旅人はそれをしっかりと握りしめます。しかし、太陽が暖かな光を送り続けると、旅人は自らマントを脱ぎます。同じように、先生の行動を変えようとするときも、力づくで変化を求めるのではなく、安心できる環境を提供することが効果的です。

例えば、抵抗を感じる先生の行動をABC分析で考えると、「子どもは問題を頻繁に起こすのだから(A)厳しく注意しなければ(B)収まりがつかない(C)」という信念があるかもしれません。このような信念は、過去の経験や環境から形成されたものでしょう。そのため、まずは先生同士でポジティブな声かけを意識的に進めることが大切です。SWPBSの実践が広がり、適切な行動をとる子どもが増えれば、注意を要する状況は減り(A)、結果として注意をする回数が減り穏やかに過ごせるようになります(B)。その結果、「収まりがつかない」という状況も生じにくくなります(C)。こうした環境づくりは、注意をせざるを得ないというプレッシャーを感じる先生にとっても、新しい行動を受け入れやすくする第一歩となるでしょう。


強い指導が効果的だという信念のある先生と一緒に考える

先生同士のポジティブな声かけがさかんに起こる環境ができても、すべての先生がSWPBSを受け入れるとは限りません。特に「問題行動を見逃さず、指導を徹底するべきだ」という信念を強く持つ先生にとっては、トークンを渡す行為自体に違和感を抱くこともあります。

ここでも、「北風と太陽」の教訓が参考になります。強い信念を持つ先生に対し、ただ力を加えて行動を変えようとするのではなく、その背景にある経験や価値観に光を当て、自然と新たな方法を取り入れてもらえる可能性を模索していくことは生産的です。

例えば、「ちょっとした問題でも許してはいけない」という強い気持ちのある先生の行動をABC分析で考えると、たまに起こる問題行動に対し(A)、「待ってました」とばかりに叱責を加える(B)ことで子どもの行動を制する(C)ことがあります。

この背景には、過去に大変な経験を重ね、その中で厳しい指導を選択し、それが成功を収めたことで「強い指導が効果的だ」という信念あるかもしれません。そうした信念を持つ先生に対して、単に「SWPBSをやりましょう」と説得するのは十分ではありません。それよりも、まずはその先生が歩んできた道のりに耳を傾け、その経験の中で築かれた価値観を理解し、尊重することが重要です。

例えば、困難な状況を乗り越えたエピソードや、「子どものため」という熱意がどれほどの努力によって支えられてきたのかを共有する場を持つことは、先生の思いに寄り添うことにつながります。そのうえで、これまでの実践とSWPBSの枠組みの違いや、それぞれの利点について対話を重ねることができれば、信念を尊重しながら協力関係を築くことにつながります。

まとめ

教員一人ひとりが持つ教育的信念を尊重しながら、相違点を丁寧に議論し、共有事項を増やしていくことは、SWPBSを成功に導く鍵です。すべての先生が納得感を持って取り組める環境を整え、互いに支え合う風土を築くことが、組織としての一貫性を高める一歩となります。

「大人へのPBS」、私たちも頑張りましょう。


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