SWPBSの準備:校内の問題を特定する
はじめに
学校規模ポジティブ行動支援(SWPBS)は、子どもたちが学校生活に見通しをもち、適切に行動することを支援します。その一環で、以前の記事でポジティブ行動マトリクスをまとめ、学校で期待される行動を明確にすることの大切さを説明しました。ポジティブ行動マトリクスは、どんな場面でどのような行動が望ましいかを示す指針となり、子どもたちが「今、どうしたらよいか」を理解しやすくします。
加えて、子どもがポジティブ行動マトリクスに記された行動目標に取り組むことを後押しするためには、SST(社会的スキル・トレーニング)が有効です。SSTは、学年開き、クラス開きなどのタイミングで校内を巡る中で、新学期最初の授業の説明の中で、あるいは全校朝会や学年集会などで機会を設けて行います。教室、下駄箱、トイレ、体育館、グラウンドなど、それぞれの活動場所で期待される過ごし方を説明し(教示)、指示通りの活動の手本を示し(モデリング)、実際にできるかどうかを試し(ロールプレイ)、適切にできているかどうかを伝えます(フィードバック)。こうした機会に行動できることが確認できれば、普段の生活でも実践することの価値を伝え、続けることを励まします(宿題)。SSTで確認した行動が日常生活の中でも取り組むことができれば、正の強化です。教員は、一貫してカードやハンコ、シールなどのトークンを使ったり、言葉で「○○がよかったよ」と称賛を行ったりします。教員のこうした働きかけは、子どもが習ったことを意識して振る舞う環境となります。
とはいえ、理想的な環境が整ったとしても、すべての子どもが期待される行動をすぐに取るわけではありません。期待される通りにできない、もしくはやろうしない、と見なされることもあります。こうして子どもが「不適切」な行動を示すことを前提とすれば、期待される行動が生じることを期待して(?)、期待される行動が生じた時だけ一貫して指導するという作戦だけでは、不十分といえます。それだけではなく、「不適切」な行動を見極め、そうした行動が生じた時にも一貫して対応することができる組織を作り上げることが必要です。今回は、そうした組織づくりにも役立つ視点として、組織として子どもの「不適切」な行動をどう捉えたらよいか、ということを考えていきましょう。
「不適切」な行動の具体化、明確化
期待される行動を具体的に定め、共有することと同じように、「不適切」な行動についても、明確に記述することで、共通理解が深まります。例えば、最近は野球でもサッカーでも、審判のジャッジを振り返りビデオで判定する機会を持つようになりました。こうした仕組みが整備される以前には、曖昧な裁定から選手間、チーム間でトラブルとなる場面が数多くありました。しかし、今では「これは反則だ!」との意見が一致します。それは、ルールブックに反則行為が明確に記されており、ビデオのリプレイにより検証が可能だからです。
このとき、ビデオで繰り返し映像を見る環境があっても、ルールブックに記されたことばが曖昧であれば、審判も、選手も、実況するアナウンサーも、解説者も、視聴者も、同じ見解に至ることはありません。だから、フェアな裁定のためには、誰もが取り違うことのない、具体的で明確な反則行為の記述が必要になります。
問題行動の分類
ただし、学校教育はスポーツの世界とは異なり、子どもを育てます。アンフェアな行為を行う選手に対する制裁は、フィールド上の秩序維持に役立ちますが、反則すれば警告・退場という世界を学校に持ち込むことで、学校が子どもの教育を放棄することはあってはなりません。では、なぜ、学校でも「不適切」な行動を具体化、明確化するのでしょうか。
それは、学校における「不適切」な行動は、スポーツの反則とは異なり、単なる規律の維持にとどまらず、子どもの成長を支援するための重要な手がかりとなるからです。ここで重要なのは、問題行動を「major behavior」と「minor behavior」に分類することです。この分類は、対応のスピードや方法を決定するうえで非常に有用です。
Major behavior(重大な行動):生徒の安全や学習環境に大きな影響を及ぼす行動。暴力行為や学校規模でのトラブルなど、即時の対応が必要なケースです。これらは迅速に対応し、必要に応じて指導やカウンセリングを行います。
Minor behavior(軽微な行動):学校生活において比較的小さな問題を引き起こす行動。無断で話す、注意を逸らす、他者を軽く無視するなど、即時の対応はそれほど厳しくないものの、放置すれば習慣化して重大な問題に発展する可能性があります。
重大な行動の予防と早期対応
SWPBSの本質的な目的は、重大な行動の予防です。そのためには、軽微な行動、いわゆるminor behaviorに早期に対応することが不可欠です。しかし、実際の学校現場では、major behaviorに対する対応は組織として進んでいるものの、minor behaviorへの予防的対応は後回しにされがちです。このギャップは、学校がリアルタイムで問題を対処することに重点を置き、予防策に十分なリソースを割けていないことに起因しています。
即時対応と後追い対応:重大な行動に対しては、教師やスタッフが即座に対応します。例えば、暴力や教師への侮辱といった行動は、すぐに指導や処罰を行い、問題を解決します。一方、軽微な行動に対しては、後回しにされがちで、放置してしまうことがあります。
予防策としてのminor behaviorの重要性:軽微な問題行動を放置すると、それが習慣となり、次第に重大な行動へとエスカレートすることがあります。このため、minor behaviorに早期に対応し、改善策を講じることが重要です。具体的には、軽微な問題行動が見られた時に即座にフィードバックを行い、その行動がどのように学校の期待と異なるのかを伝えることで、問題行動の拡大を防ぎます。
予防策の構築が学校ビジョンの実現に役立つ
minor behaviorへの早期対応は、学校のビジョン実現に大いに役立ちます。学校が掲げるビジョン(例えば「すべての生徒が安全で尊重し合い、学びあう環境をつくる」)を実現するためには、問題行動の予防と早期対応が不可欠です。特に、軽微な問題行動を放置せず、早い段階で対応することで、生徒の成長を支援し、学校全体のポジティブな学習環境を維持することができます。
また、SWPBSを活用してminor behaviorに対応することで、学校全体の生徒の行動文化が改善し、次第に重大な問題行動が減少する効果も期待できます。例えば、軽微な行動に早期に注意を払い、改善を促すことで、生徒は次第に自分の行動が周囲に与える影響を自覚し、より良い行動を選択するようになります。この積み重ねが、学校全体の「期待される行動」の文化を形成し、最終的には学校ビジョンの実現に貢献します。
まとめ
SWPBSの準備において、minor behaviorへの対応は極めて重要です。軽微な行動を放置することは、重大な行動へとつながるリスクを孕んでおり、早期に対応することが予防の鍵となります。学校が直面する課題を特定し、minor behaviorへの予防的対応を強化することで、生徒の行動を改善し、学校全体の学習環境を向上させることができます。最終的には、こうした予防策が学校のビジョンを実現し、すべての生徒がより良い学びの場を享受できるようになるのです。
今回の記事では、minor behaviorという考え方の整理と、対応の必要性について強調しました。しかし、SWPBSでは、minor behaviorを見つけたら即座に制裁を科すということはしません。では、いったいどんな対応の選択肢があるのでしょうか?この説明は、またの機会に触れていきたいと思います。