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パワハラ死した僕が教師に転生したら2.僕のパワハラ死の全体像 

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 何かに取り憑かれたような教師の長い自己紹介の後の、静まりかえった教室。
 虚ろな目をした教師が無言のままに佇んでいる。
 聞こえてくるのは、隣のクラスの教師と生徒の、良くある無難な会話とざわめき。
 しばらくの沈黙の後で、ようやく口を開く学ランとセーラー服の生徒達。
 
「・・・・・何コイツ?・・・・・頭のヤバイ担任、来たな」と珍しい生き物を見つめるような表情の冬司が小声で言う。
「うー・・・・・前世の記憶がある?・・・・・過去にタイムスリップしてもう一度生まれた?・・・・・本当?・・・・・絶対この人、大ウソつき」と優太がクスクスと笑いながら言う。
「妄想に取り憑かれたパラノイア、か」と無表情のまま颯太がつぶやく。
「パラノイア?・・・・・パラノ野郎!パラノ野郎だ!だっはっはっはっは」と教師を指さして大声で言う鳥居。
「・・・・・でもなんか、かわいい、かなぁ」と優しい笑顔で教師を見つめる愛鐘。
「そんな作り話をして、本当にパワハラで亡くなられた方の遺族に失礼ではないですか?だいたい、教師の自己紹介と言えば、まず最初に自分の名前を黒板に書いたりするのではないですか?」と苛立たしげな口調で文香が言う。
 
「え?僕の自己紹介はもう済みましたから、次はみなさんの自己紹介を・・・・・」
 
「私は柏文香です。部活は吹奏楽部、趣味は読書、多分、学級委員・・・・・はい。それで先生の名前は?」
 
 黒縁眼鏡の奥の強さと繊細さが同居した瞳が教師を見つめる。小柄で華奢な体つき、艶やかでまっすぐな黒髪のショートカットに透き通るような白い肌の女の子、文香(ふみか)がせっかちに訊く。
 
「名前・・・・・またいつもの展開か・・・・・まあ、どうせすぐバレるし・・・・・」
 
 左手の指を白髪交じりの髪に入れ、ため息をつきながら、黒板に字を書き始める教師。
 教室に鳴り響く、チョークと黒板のぶつかる音。
 
「うー・・・・・先生、字、ちっさい」
「おい、コイツ、更に体で隠してるぞ」
「先生が邪魔で字が見えません、ちょっと横にどいて下さい」
 
 とぼけた顔で一呼吸した後、体をどける教師。
 黒板の真ん中の小さな字。 
 
 佐々川愛ト夢
 
「佐々川先生と呼んでください」と穏やかに微笑んで言う教師。
「・・・・・?その愛と夢というのは何ですか?先生は愛と夢のために頑張るぞとかそういう、気持ちの表明的なものとかですか?」と不思議そうな顔をした文香が言う。
「・・・・・さあ、なんでしょうか・・・・・それよりみなさんの自己紹介を・・・・・」
「ちゃんと答えて下さい」と鋭い目つきで叱りつけるように言う文香。
「・・・・・名前です・・・・・いけませんか?」
「あいとゆめという名前?」
「・・・・・あ、と、む・・・・・です・・・・・いけませんか?」
 
 赤面したまま文香を見つめる教師と、生徒達の押し殺した笑い声。
 
「ぷっ・・・・・先生の親は何を考えてるんですか?」と笑いをこらえながら文香が訊く。
「知りません・・・・・いや、知ってます。生まれてくるこの子は絶対ギフテッドだ、というのが僕がお腹の中にいた時の母の直観で、それにふさわしい名前にしたんだそうです。頭がどうかしているのです、現世の親は。こんな名前をギフトされて、僕がどれだけ苦労したことか・・・・・」とまくし立てるように答える教師。
「うーん、頭がどうかしてるのは先生の自己紹介もかなり・・・・・」
「・・・・・もう僕のことはいいので、みなさんの自己紹介を。じゃ、文香さんに続いて、はい、あなたから・・・・・」
 
 話しやすそうな生徒に痩せた青白い手のひらを向ける教師。
 
「うー、なんで俺から?俺は・・・・・えっと・・・・・鈴原優太。サッカー部。好きなものは・・・・・スポーツ・・・・・動物・・・・・ゲーム・・・・・食べ物とか友達とかおやつとか・・・・・そういうの・・・・・です」
 
 背の低いがっしりとした体つき、ウェーブのかかった茶色の髪に丸い無邪気な瞳の男の子、優太(ゆうた)があどけない表情で、舌足らずの子供にようにもそもそと言う。
 
「あ?次、俺?クソだりぃな。林冬司。キックボクシングとかやりたいけどそんな部活も暇もない。以上」
 
 180を超える長身の褐色で引き締まった体、小さすぎる学ランに自分で切ったような不揃いの短髪の男の子、冬司(とうじ)が、濁った鋭い眼差しで吐き捨てるように言う。
 
「・・・・・森颯太。遊びはしない」
 
 冬司と同じくらいの長身、まっすぐな黒髪に色白の整った細面の顔立ち、長めの前髪の奥から美しくも虚ろな切れ長の瞳をのぞかせる男の子、颯太(そうた)が冷たい声で言う。
 
 教師に緩やかに強要され、更に生徒達の自己紹介は続く。そして教師が「それでは最後の、あなたは?」と訊く。
 
「私?・・・・・先生の名前は私より全然いいよ。私なんて愛と鐘であべるだよ。鐘をベルって、絶対読めないってー。苗字は南です。部活はしてません」
 
 バランスのとれた中肉中背の少し豊満な体、亜麻色の長い髪にふんわりと優しい顔立ち、薄い桃色の肌に瑞々しい大きな瞳と甘い口元の女の子、愛鐘(あべる)が包み込むような笑顔でゆっくりと言う。
 
「・・・・・いや、愛と夢でアトムの方が遥かに重症、な」と頬杖をついた冬司が淡々とつぶやく。
「・・・・・でもアトムっ名前・・・・・覚えやすいし、呼びやすい」と優太が悪戯っ子のような笑みを浮かべて言う。
「まあ、ありと言えば、ありかと・・・・・」と文香が言う。
「さっきも言いましたが、佐々川先生と呼んでください。なんなら呼び捨てでも構いませんが・・・・・」
「それでアトム先生は、おいくつなんですか?さっぱり年齢不詳な見た目ですが」と文香が真顔で訊く。
「だから佐々川先生と呼んでくれないと答えたくありません」
「だからアトム先生はいったい何歳なんですか?」と子供を叱りつけるように文香がせっかちに訊く。
「はぁーっ・・・・・三十九です」とため息をついて答える教師。
「三十九歳?・・・・・結婚は?子供はいるんですか?」
「結婚していて子供は二人います」
「えー、見えなーい。本当は彼女いない歴39年じゃないのかなぁ?」と楽しそうに愛鐘が言う。
「・・・・・それで、担当科目は何ですか?」と続ける文香。
「現代の社会・・・・・公共です・・・・・あ、そろそろ時間ですから、自己紹介はここまでです。至らないところも多々ありますが、これから1年間、どうぞよろしくお願いします」と言ってお辞儀をする教師。
「ふーん・・・・・ま、アトム先生、高校2年の1年間、よっろしくーっ!」と優太が言い、突然立ち上がった鳥居が胸を突き出し、両腕を斜め上に向かって広げて「パラノ野郎!よっろしくーぅ!よっろしくぅぅぅぅぅぅぅぅ!」と大声で言う。
「優太さん、人を名前で呼ぶの、止めてもらえますか」
「人を呼ぶためのものが名前。アトム先生もたった今そうした」と優太が笑いながら言う。
「それと・・・・・パラノ野郎?・・・・・あ、すみません、あなたの自己紹介を聞き忘れていました。大声のあなたは?」
「え、俺?・・・・・俺は鳥居・・・・・応援団部・・・・・それとパラノ野郎とはアンタのことっす」と照れたような表情の鳥居が小声で答える。
「・・・・・今時珍しい髪形・・・・・ですねぇ」と首を思いっきりかしげた教師が目を細めて小声で言う。
 
 でっかい体、でっかい茶髪のリーゼントのニヤついたおっさんのような顔の男の子、鳥居・・・・・。
 
 
 
 それから数日後、青い春のゆらめく光の中で、教師の最初の授業が始まる。
 新しい生徒達。そして、何度も繰り返してきた彼の社会の授業の新しい始まり。
 几帳面にスリーピースのスーツを着込んだ小柄な教師が、背筋をまっすぐ伸ばして教壇に立っている。
 青白い面持ちで生徒達にゆっくりと微笑みかける教師。
 
「それでは、社会の授業を始めます。まず最初は、前世の僕のパワハラ死について、こんな流れでお話して行こうと思います」
 
 白髪の多い少し長めの髪を左手でかき上げながら素早く板書する教師。
 教室に鳴り響く、チョークと黒板のぶつかる音。
 黒板をびっしり埋める大きな字。 


【前世の僕がパワハラ死した原因】
 
●株主の利益追求欲
 ・株式会社という歪んだ仕組み
   株主とは?社長とは?労働者とは?利益は誰のもの?
 ・何故、株主は、そして誰もが、利益、お金を求めるのか?
 ・労働者だけが無欲だと・・・・・
 
●株主の利益追求のための仕組み=集団と階層 
 労働者は集団と階層の中に投げ込まれる。その中でパワハラが起きるのは何故?
 ・人間はもともと悪意に満ちて暴力的
 ・株主からの過大な利益追求圧力
 ・上と下という人間関係
 ・労働者の近すぎる距離
 ・サイコパスな社長
 ・同調欲求
 
【パワハラ死しないためには】
 ・サイコ社長を追い出せるか?
 ・転職
 ・心の変調に気付いたら・・・・・
 
【パワハラ死した後の世界】
 ・命を償うお金、社会への訴求
 ・残された遺族


「ざっくりこんな感じです。脱線することも多々あるとは思いますが・・・・・」と教師が黒板を指さして言う。
「うー・・・・・何コレ?さっぱりわかんない・・・・・しかもこの人、まだ前世の僕とか言ってるし・・・・・」と優太が眉間にしわを寄せて言う。
「やっぱパラノイア、パラノ野郎だ!だっーはっはっはっは」と鳥居が両手で教師を交互に指さし、ニヤつきながら大声で言う。
「・・・・・私、難しい話はちょっと苦手、かなぁ」と優しい笑顔の愛鐘がつぶやく。
「大丈夫です。長い話にはなるかもしれませんが、そんなに難しい話ではないのです」
「・・・・・クソだりぃなぁ・・・・・これ、俺、聴かなきゃいけない?」と頬杖をついた冬司がボソッと言う。
「聴きたくなければ、聴かなくてもいいのです。みなさんは、なんでもしたいことをすれば良い。受験のための勉強をしてもいいし、寝ててもいいのです」
「これは・・・・・何ですか?・・・・・社会の授業ではなくて・・・・・ひどい会社の話?・・・・・先生は普通の社会の授業はしないのですか?教科書とかはやらないのですか?」と文香がきょとんとした眼差しで黒板を見ながら訊く。
「教科書は余った時間で適当にやります・・・・・まあ、あんなものは、現実の社会では何の役にも立ちませんから・・・・・そして、これから僕がみなさんに伝えることが、必ずみなさんの人生に役立つ、みなさんが前世の僕のような最期を迎えないための、綺麗事ではない、とってもリアルな社会の授業なのです」と穏やかに微笑んだ教師が言う。
 腕を組んだ颯太が、虚ろな瞳で黒板を眺めながら、冷たい声で「・・・・・ふうん」とつぶやく。

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