"タレントマネジメントシステムを活用し、人材の有効活用を"
タレントマネジメント(talent management)は、1990年代に米国で生まれた考え方です。ここでいう「タレント」とは、英語で「能力」「人材」「才能・素質」といった意味の言葉です。それでは、タレントマネジメントとは、どんなものでしょうか。
ビジネスにおけるタレントマネジメントとは、まず従業員のスキルや経験といった職務能力面の情報を可視化します。その上で自社の人材が持つスキルや能力を把握して適材適所に人材を配置し、さらに適切な人材育成によりその発揮能力を最大化させる取り組みのことを指します。
日本でのタレントマネジメント
日本では2010年以降にタレントマネジメントの概念が注目を浴び始めました。その背景に関しては、以下の「1. タレントマネジメントが注目されている背景」で詳細を述べます。
タレントマネジメントシステム
タレントマネジメントの注目に伴い、「タレントマネジメントシステム」が登場しました。これは、タレントマネジメントの考え方にもとづいて、社員が持つスキルや経験などをデータベース化して一元管理したうえで可視化することにより、社内リソースを最大限に活用することを目的とするソフトやツールのことです。日々変わりゆく社内の「人材」に関する情報を可視化し、有効活用することで企業の競争力を高めることにつながります。
1. 価値観の多様化
特に2010年以降、日本では長時間労働からライフワークバランスの重視への変化や労働人口の減少にともなう様々な変化、ダイバーシティの意識拡大など、“働くこと”に対してさまざまな意識の変化が起きています。それに伴い、それまでの「人材=企業組織の歯車」という考え方から、一人ひとりの仕事に対するやりがいや仕事の社会的意義を重視する人が増えてきました
その中でもとりわけ注目すべきは、長時間労働からワークライフバランス重視型への価値観の変化です。家庭やプライベートを大切にするために時短勤務や地域限定、在宅勤務といった多彩な働き方を選択することによりワークライフバランスを実現しようという考えが広まり、これらの働き方を支援する動きも活発化しています。
1.2 経営環境の変化
企業の競争激化や複雑化などの理由から、経営環境の変化は激しさを増す一方です。それに伴い、課題に対してスピーディーに対応することの必要性が高まっています。そこで、人材を適材適所に配置するために社員の能力を把握し、管理する必要があります。
1.3 労働市場の変化
現在の日本では、少子化により労働人口が減少を続けており、転職市場から必要な人材を獲得することが困難になっています。さらに、転職市場の活発化および転職活動の一般化により、優秀な人材が外部に流出しやすいという状況もあります。
そのため、企業には人材それぞれの持つポテンシャルを最大限に活用することが求められます。さらに、適切かつ効果的な教育と人材配置をすることで、タレント本人のモチベーションをも高め、定着率を高めるという効果が期待できます。
1.4 ITの進歩
これまではセントラル方式で人事部に集中していた人事権限を、各部門から人事情報にアクセスできる分散型へ転換することにより、迅速で実践的、効率的な人事システムへの転換を図ることができます。また、この転換を支援するために、タレントマネジメントをサポートするITツールも登場しています。クラウドを利用したデータベースや、人材の能力を可視化ソフトが数多くあります。
2. タレントマネジメント実施の目的
2.1 効果的な人材戦略
人材のパフォーマンスを最大化するためには、様々なタレントを持った人材を、その人材が最も効果的に価値を生み出せるポジションに配置する必要があります。タレントマネジメントを実践することによって人材の持つ知識やスキルを可視化できますので、根拠に基づいた人材の適正配置が可能となります。
2.2 適正な人材育成
タレントマネジメントを活用することによって、どのような人材育成が必要かなどを分析することができます。その分析を元に社員のキャリアデザインを設計し、実践することが可能です。このように人材の「タレント」を把握することにより、その社員が将来どのような分野・ポジションで活躍できるかを想定することができます。例えば、将来リーダーになり得る素質のある人材に対し、リーダー育成プログラムなどの研修や、様々な部署での職務を経験させるなどの人材戦略を行うことができます。
このように社員のキャリアデザインを描き、実施することによって、社員のモチベーションを維持し、社員の定着率を上げることにつながります。優秀な人材の流出を防ぐには、社員のキャリアデザインの設計が重要なのです。
2.3 価値を生み出す経営戦略
「事業は人なり」という言葉があるように、経営資源の中核は「人」です。経営目標を実現するための経営戦略を遂行するための組織づくりにも、タレントマネジメントは欠かせません。知識やスキルを元に価値を生み出す人材、そしてその人材を適切に組み合わせた組織を作ることによって、さらに大きな利益を生み出すことができるのです。
優秀な人材としてのタレントを見出だし、それらの人材を最大限に活かす仕組みづくりが、企業の経営戦略にとって重要です。
3. 世界のタレントマネジメントの導入状況
タレントマネジメントシステム市場シェアの50%は米国と欧州が占めており、国別で見ると米国のシェアが最大です。さらに、国別の成長率を見るとアジア、欧州が高いという状況です。タレントマネジメントシステムの世界市場規模は2012年の時点で6,000億円、2023年までに1.6兆円までに成長するとされています。また、市場成長率は16%CAGRで年々伸び続けています。
このようにタレントマネジメントシステム市場が成長している背景として、以下の2つのことが考えられます。1つ目はモバイル・アプリ・SNS・動画などのさまざまなツールが普及し、タレントマネジメントシステムを扱うのが容易になったということです。もう1つはタレントマネジメントシステムの有用性が認知されるようになり、このソリューションを採用する業種が拡大していることが挙げられます。
3.1 アメリカでのタレントマネジメント導入状況
アメリカのタレントマネジメント市場規模は、世界最大の約6,000憶円(2012年時点)です。タレントマネジメントはアメリカでは1997年から注目され、グローバル企業以外にも普及しています。アメリカを代表する企業であるマッキンゼー&カンパニーは「The War for Talent」という概念を提唱し、トップ人材の発掘・確保することの重要性を強調しています。
そして、それまでの短期的な人材確保から長期的な人材の育成にシフトし、全社員のタレントを重視する考え方に移行しています。このように、マッキンゼーのようなグローバル企業が統一的評価基準としてタレントマネジメントシステムを活用したことが、アメリカがこのシステムの市場の最大規模を占めるようになった一因と考えられます。
3.2 ドイツでのタレントマネジメント導入状況
タレントマネジメント市場におけるドイツの市場規模は約164億円(2015年)であり、欧州最大の市場規模です。ドイツでは、タレントマネジメントは2000年代前半頃に注目されはじめました。ドイツでは労働人口の減少によりタレントマネジメントシステムの導入が進められており、市場導入はされています。しかし、正しく活用されていないのが実情です。その理由は、インフラストラクチャーがパフォーマンス測定・ITサポート等の観点から見ると脆弱だということが挙げられます。そのため、人事管理者は本来ツールが持つ有効性を活用しきれていません。例えば「パフォーマンスレベルの推奨分布」等、本来最も効果的であるはずのツールはほとんど使用されていないというのが現状です。これは、厳しい言い方をすれば管理職のタレントマネジメントに対する責任の欠如にもつながります。
ドイツはタレントマネジメントシステム市場の規模が大きいにも関わらず、問題を抱えている市場であるともいえます。
4. 日本でのタレントマネジメントシステムの導入状況
4.1 日本でのタレントマネジメントシステム導入の課題
日本でも、タレントマネジメントの実行を支援するタレントマネジメントシステムは数多く出回っています。しかし、現在日本でタレントマネジメントシステムを導入しているのは、グローバルの大企業が中心です。このシステムの普及に関しては、日本はまだまだ遅いと言わざるを得ません。
さらに、システムは導入されていても活用されていないという企業もあり、普及に関しては課題が多いのが現状です。
4.1.1 人事マネジメントに対する価値観が異なる
世界的に見ても珍しく、日本は「職能給」という能力に応じて給料も上がっていく制度をとる企業が大半です。そのため、最初に人ありきでその人に業務を割り当てていくという、人を基準とした考え方が主流となっています。
それに対して、アメリカやその他多くの先進国や新興国では「職務給」が主流です。職務給とは、最初に職務があり、そこにふさわしい人を当てはめていくという業務内容を基準とした考え方です。タレントマネジメントでは適材適所が基本となるため、日本のように新卒社員を同時に育成していく職能給に当てはめることは難しいのです。
4.1.2 日本の人事はITリテラシーに対する感度が鈍い
日本の人事部におけるITリテラシーの向上は、これからますます多様化する労働力に対応するための重要課題とされています。そのため、「人事部だから数字やデータに弱い」ということはもはや許されなくなってきています。
4.1.3 中央集権的な人材育成
日本は職能給を採用していることから、人材育成に対する考え方も中央集権的な考え方になっています。例えば、「新卒時から正社員採用した生え抜きの人材こそが、企業経営の中枢になる」という考えにそれが現れています。
しかし、子会社の中途採用社員が頭角を現す可能性も大いにありえるわけです。採用部署、職種に関わらず多角的な面からのタレントマネジメントが、これからの日本企業の人材マネジメントに必要とされるでしょう。
2. タレントマネジメントシステム導入後の課題
日本の大企業数社では、日本版にアレンジした独自のタレントマネジメントを導入しています。タレントの管理は情報量が多いため、非常に手間のかかる作業となります。そのため、「他のシステムからのデータ取り込み連携ができなかった」「あまりに面倒な作業だった」という声が挙がったり、システムを導入したことで工数が増えてしまったためかえって大変な作業になってしまい、タレントマネジメントシステムが定着しなかったりと運用の失敗事例は多くあります。
タレントマネジメントシステムの活用を成功に導くためには、システムを導入して終わりではなく、計画・実行・検証・改善をしっかりと行う必要があります。
<まとめ>
人材不足が企業経営にも大きな影響を与えるようになってきた現在では、社員一人ひとりの個性を生かし、既存の人材を有効に活用・育成することが非常に重要です。既存の人材にさらに磨きをかけて能力を遺憾なく発揮してもらうことにより、経営目標をよりスムーズに達成することができるようになります。
そのためにタレントマネジメントシステムを活用することが重要になりますが、このシステムを導入して終わりではなく、計画・実行・検証・改善をしっかりと行うことにより、タレントマネジメントを成功させることができるのです。