知的財産法 (6)・・発明完成から特許出願までの法的問題
発明の完成に伴う問題
発明はいつ完成したと言えるのか
前回の知的財産法(5)・・発明って何だ?で、発明の定義につき学びましたが、では、その発明は、いつ完成したといえるのでしょう。
もう一度発明の定義を振り返ってみると、その答えが見えてくるはずです。
発明とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なもの」でしたね。
ここで、特に着眼すべきは、発明は「技術的思想」であり、技術とは「一定の目的を達成するための具体的手段」であることです。
当該の技術分野における通常の知識を有する者が
反復実施して
目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで
具体的・客観的なものとして構成
されていること。
同じ効果が何度も再現できること=「実施可能性」、「反復可能性」が重要で、再現するために「具体性・客観性」が必要ということですね。
なお、発明であるためには、自然法則を利用していることが必要ですが、結果として利用していればよく、発明者が利用を意識している必要はありません。また、創作結果が「高度」であるか否かも意識している必要はありません。
よって、創作の結果、反復実施できることが明らかになれば、発明は完成したと言えるでしょう。
なお、実務では、機械や電気の分野では、設計段階でも発明は完成しているものとみなし、出願することは多々あります。
一方、化学の分野では、実験データで一定の効果を生むことを明らかにして、再現できるかを立証しなければなりません。
誰が発明者か
発明が完成したとして、次に問題となるのは、誰が発明者なのか、ということです。
発明者が一人であるなら、誰が発明者かの問題は起こりにくいでしょう。しかし、当該発明に複数の者が関与しているときには、誰が発明者かの問題が生まれます。
ここで、発明の創作行為を「着想と具体化」に分けて考えることが行われています。
複数の者が発明に関与するとき、それら複数の者が、着想と具体化双方に関与する場合、ある者が着想に関与し、他の者が具体化に関与する場合があろうかと思います。
まず、着想とは何だろうか。
例えば、飛行機の発明・・「空を飛ぶための装置が欲しい」というのは単なる願望であり、着想ではない。着想というためには、空を飛ぶための技術的手段についての工夫・アイデアを構築していなければならない。
そして、その工夫・アイデアにつき、発明を繰り返し実施できること、すなわち、再現可能な程度まで具体化をするということが必要なわけです。
複数の者が発明に関与したとき、その者達を共同発明者というが、共同発明者となるか否かの判断については、以下のような基準が示されている。
共同発明というためには、「一体的・連続的な協力関係」が必要
発明が完成したときに生まれる権利・・「特許を受ける権利」
特許を受ける権利とは何か
発明が完成すると、特許法29条柱書で示したように、「その発明について特許を受けることができる」ことになります。
この特許を受ける権利とは、特許を受けることのできる法的地位・資格をいいます。発明は人の知的活動の所産たる創作物であり、新技術として有用な価値あるものです。従って、その完成と同時に発明者に一定の利益状態が生じていると言ってよいでしょう。
かかる利益状態を一定の形式と要件の下に、特許権という独占排他権によって国家的保護の下に置こうというのが特許制度です。
しかし、保護にあたり、特許制度は権利の安定化・確実化のため審査・登録主義を採り、権利付与までにある程度の期間を要します。
そこで、特許法はこの間における発明の保護権利状態を規律するため、発明者に「特許を受ける権利」を付与し、特許権の基盤とならしめています。
特許を受ける権利の性質
特許を受ける権利は、特許付与を国家に請求しうる公権であるとともに、発明支配を目的とする財産権として私権たる性格を合わせ持ちます。
また、特許を受ける権利は、発明の創作によって発生するものであるから、人格権ことに名誉権を伴うが、この名誉権は特許権としてでなく発明者掲載権( 特許法第26条、パリ条約第4条の3 )として実現される。
<他の権利との競合>
実用新案登録を受ける権利・・・発明が、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」である一方、「自然法則を利用した技術的思想の創作」は、「考案」であるため、発明が完成した時点で、その発明が「物品の形状、構造又は組合せ」に係るものであるなら、実用新案登録を受ける権利も同時に生まれていることになります。
また、発明が物品に係るもので、その外観が新たに創作されたものであるなら、同時に意匠登録を受ける権利も発生することとなる。例えば、タイヤのグリップ力を高める溝形状についての発明は、物品の外観=タイヤの意匠を包含している。
特許を受ける権利と、実用新案登録を受ける権利と、意匠登録を受ける権利が一つの対象物に重複して発生している場合、特許権と実用新案権と意匠権の3つの権利を取得できるのかという疑問が生じるかもしれません。
この点、特許法と実用新案法は、保護対象である発明と考案とが実質的に同じものなので(特許法2条、実用新案法2条)、ダブルパテント禁止の趣旨から、いずれか一方のみによる保護となります。
一方、意匠法の保護対象は、特許法や実用新案法とは異なるため(特許法2条、実用新案法2条、意匠法2条)、特許権あるいは実用新案権と同時に意匠権を取得できることになります。
<特許を受ける権利の二重譲渡の問題>
発明者Aさんが、発明完成により生じた特許を受ける権利を、Bさんに譲渡した後、Cさんにも譲渡したとしたらどうでしょうか?
発明が有体物で、Bさんに譲渡したら事実上Cさんには譲渡できませんが、発明は情報であり無体物であるから、こういった二重譲渡が可能となってしまいます。
このような場合、どちらに特許を受ける権利が譲渡されたとみるのが良いのでしょう。先に譲渡されたBさんを優先すべきというのが人情というべきでしょうが、どのように扱うのが法的に合理的でしょうか?
ちなみに、民法において、不動産や動産につき、二重譲渡がされた場合の対抗要件をみてみましょう。こんな扱いになっています。
特許を受ける権利に関しては、特許法に以下のように規定されています。
特許出願前に、特許を受ける権利が二重譲渡された場合、特許法34条第1項により、先に特許出願をした者が第三者(上記の場合、BにとってはC、CにとってはB)にその承継を対抗できるということです。もちろん、出願後は、その出願人が特許庁に対しても自身が正当な承継者であることを主張できるわけです。
すなわち、二重譲渡があった場合には、取引の安全を重んじて、先に特許出願をした者が、後から特許出願をした者に対抗することができるので、逆に後から特許出願をした者は、たとえ発明者から真っ先に特許を受ける権利を譲渡してもらったとしても、先に出願をした者に対し、承継について対抗することができない、ということになります。
その結果、後から特許出願をした場合には、当該特許出願は、発明者の出願でもなく、特許を受ける権利を承継した者の出願でもないため、冒認出願であるとして拒絶されます。(特許法49条7号)
なお、背信的悪意者に対しては、扱いが異なります。
<共有の場合の問題>
特許を受ける権利が共有にかかる場合、特許法では以下のように扱われます。
なお、共同出願をした場合、将来共有の特許権が発生することになりますが、その権利については、特許法73条にて一定の制限が課せられることに注意しなければなりません。
<冒認出願(特許を受ける権利を有しない者の出願)>
冒認出願とは、「他人の発明について正当な権原を有しない者が特許出願人となっている出願」をいいます。発明者でも、発明者から特許 を受ける権利を承継した者でもない者の出願です。
このような出願が生じる例としては、上記した二重譲渡の場合の他、発明環境に同座していた人物が、自身が発明に関与してもいないのに、発明内容を知りうる立場を利用して、当該発明につき出願をした場合などである。
また、秘密保持契約等に基づいて発明内容を開示された者が、勝手にその発明について出願してしまった場合などがあるでしょう。
冒認出願は、拒絶理由(特49条7号)、無効理由(123条1項6号)となります。ただし、異議理由(特113条)とはなりません。
冒認に対しては、真の権利者を救済しなければなりません。その救済措置として特許権の移転請求権74条などが認められています。
参考:冒認出願等に係る救済措置の整備(特許庁)https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/kaisetu/h23/document/tokkyo_kaisei23_63/02syou.pdf
<出願前の秘密管理の問題>
出願前に当該発明を実施してしまったらいわゆる新規性を喪失してしまいかねません。もし、特許法29条1項各号に該当するような行為をしてしまったら、新規性を喪失し、特許を受けられなくなります。
よくあるのは、学会発表、新聞発表、商品の先行販売などですが、特許法30条による救済(後述します)はありますが、外国で特許を取得できなくなる場合があるなど、完璧なものではありません。出願前に新規性を喪失しないように注意することが肝要です。