四年後の手紙
教師を退職して四年。今は小さな書店を営む私のもとに、一通の手紙が届いた。差出人は、かつて担任をしていた四年生の生徒、太郎と健一からだった。
開封すると、そこには国語の課題「思い出の恩師への手紙」という見出しと共に、二人の想いが綴られていた。
「先生、お元気ですか?突然の手紙で驚かれたことと思います。僕たち、今は高校生になりました。」
懐かしい二人。いつも一緒に昆虫採集をしていた親友同士。明るい太郎と、物静かな健一。二人の姿が、まるで昨日のことのように蘇ってきた。
私が担任をしていた当時、二人は正反対の性格だった。太郎は活発で、教室中を飛び回るように元気いっぱい。一方の健一は、本を読むのが大好きな物静かな少年。でも、休み時間になると決まって二人で校庭の隅に消えていくのだった。
ある日、気になって後をつけてみると、二人は熱心に昆虫の観察をしていた。太郎が見つけた虫を、健一が図鑑で調べる。そして二人で観察日記をつけている。私は二人の真剣な表情に、声をかけるのも躊躇われた。
その日の放課後、職員室で観察日記を見せてもらった。太郎の大胆な発見と、健一の繊細な観察眼が見事に調和していた。「二人とも、すごいね。太郎くんの行動力と、健一くんの観察力が合わさって、素晴らしい記録になってるよ」と褒めると、二人は照れくさそうに笑った。
あれから四年。手紙には、高校生になった今の様子が記されていた。太郎は理系を選び、将来は昆虫学者を目指しているという。健一は文学に魅せられ、図書委員長として活躍しているそうだ。
「でも先生、僕たちの親友関係は変わっていません。週末になると、今でも一緒に昆虫採集に行くんです。太郎が虫を見つけると、僕が写真を撮って、観察記録を書きます。小学校の時と同じように」
健一の文面からは、嬉しそうな表情が浮かんでくるようだった。
「実は、この手紙は国語の課題なんです。でも、書いているうちに、先生への感謝の気持ちが溢れてきました。四年生の時に教えていただいた『一人一人の良さを大切にすること』。僕たちは今でもその言葉を胸に、互いの違いを認め合い、高め合える親友でいられています」
そして太郎が続けていた。「先生が僕たちの観察日記を認めてくれたあの日から、僕たちは自信を持てるようになりました。違う個性を持った二人だからこそ、できることがある。そう思えるようになったんです」
書店の片隅で、私は何度も手紙を読み返した。教壇を去って久しいが、あの頃蒔いた小さな種は、このように大きく育っていたのだと。人それぞれの個性を認め合い、互いを高め合える関係。教師として伝えたかったことが、こんなにも深く心に根付いていたことに、胸が熱くなった。
今では店の古い木の机の引き出しの中で、この手紙は大切に保管されている。時々取り出しては、教師として過ごした日々を懐かしく思い返す。そして、太郎と健一の高校生になった姿を想像しては、二人の未来に思いを馳せるのである。
きっと二人は、これからも互いの個性を認め合いながら、それぞれの道を歩んでいくのだろう。その成長を、少し離れた場所から見守れることに、私は密かな幸せを感じている。