食べもねんたる38
ファッキュー市の中腹にその会社はある。
子供嫌い製菓――社員のほとんどを子供嫌いで構成するどうかしてるお菓子メーカーだ。
彼らは日夜「いやに子供に苦虫を嚙み潰したような顔をさせるか」をコンセプトにお菓子開発に勤しんでいる。
本当にどうかしている。早々に転職を申し出た方がいい。
それはそうと、今日も新しい会議が始まるようだ。ちょっと覗いてみようか。
「今回の議題は『当たっても子供が渋い顔をする当たりつきアイス』ということで」
議長がいっちょまえに電子化されたホワイトボードの議題をドンと叩く。
ホントまたしょうもない議題だが、皆真面目顔でこっくりと頷く。全員転職を申し出てはいかがか。
「アイス以外が当たらないことにはこの議題は始まるまい」
いつも絶妙に子供が嫌がる方に皆の意識を促すのに長けた、苑の味開発部長が先陣を切って発言する。
「なるほど、アイスは好きで買ってる訳ですからな。部長のご意見、道理に叶っている」
「確かに、おっとピンと来たぜ。ならばかき氷だ」
「あんまピンと来てないじゃないか、アイス好きならかき氷好きかもだろ」
「ピンと来る前にピンチが来た。難題だ」
みんな普段の子供嫌いが高じて子供のことがあんまり分かってないのでいきなり窮地に立たされる。向いてない!
ここで、優雅に一本の手が上がる。
「いい案があります」
「む、君は営業成績ナンバーワンの化西くん」
ご紹介に預かった挙手の人物は、説明の通り営業成績ナンバーワンの化西だった。
「化西です」
彼は何故か立ち上がりポーズを決める。
「改めまして、僕には名案がある」
「本当かね、化西くん。難題だぞ?いけるのか」
「イエース、このわたしにはね」
化西はミキサー大帝の名言をのたまって、気障な足取りでホワイトボードに近づく。
マーカーを手に取って蓋をきゅぴん。
大人も嫌いなもの、食べ物じゃないほうがいいんじゃない?
さらさらと描き終えるや歓声が上がる。「おお!」
ところで電子化の意味はいずこ。
「我々は子供が嫌いだ。だから子供のことを分かっていない。ならば、老若男女が嫌うものを設定すればいい」
このコペルニクス的転回に皆の意見が白熱する。うん、大したこと言った訳でもないんだがな。
「虫だな。虫なら絶対嫌われ者だ」
「あの、とげとげ付いてる芋虫とかどうだ?」
「中々いいな!でもイモってついてるし食べ物かも知れん」
「じゃあダンゴムシとかどうだ」
「それは微妙だな」
「ダンゴってついてるし食べ物かも知れんし」
「大体虫でいけるのだろうか?カブトムシって子供に好かれてるような」
「なんか知らんがカブトムシ食べ物かもしれんし」
「食べ物かもしれん勢、ちょっと黙って」
『虫、子供には好かれてるかも知れない説』で一同少し勢いが下がる。
大人の常識が子供に通じないとなると手をこまねいてしまう。
だって子供のことあんまり知らないし。
くそっ!だから子供は嫌いなんだ!と逆引きで何か間違った切れ方をする奴まで出る。
方々がてんでの方向を向いて空中分解しかけたところで後頭部で後ろ手を組んでいた男が席を蹴る。
「ほんじゃあそろそろ、あたしの出番ってとこざんすね」
「ああ、あなたは『ちょっと嫌味な態度が過ぎる塩田寺課長』」
またまたご紹介に預かった人物はちょっと嫌味な態度が過ぎる塩田寺課長、怪物くんのドラキュラ顔だ。
「皆さん、熱の乗ったいい議論だったざんすよ。全く見当違いだっただけで」
塩田寺課長もまたホワイトボードに向かう。
なるほど嫌味な態度だ。でもイヤミ顔違うんかい、せっかくのざんす口調なのにあんまりだ。
マーカーを手に持って、蓋をポン。
・高価なものだけど、ありがたみが分からない。
・過剰な期待を煽って、しょぼいものが出てくる。
「人なんて年齢に因らず、上げて落とされたら消沈するんざんすよ。子供だって一緒」
なるほど嫌なことを考える。でも効果はありそうだ。
「『豪華なスイーツ当たる』の文字と共にフルーツケーキをイメージ図で掲載して、実際には高級和三盆が届く。どうざんしょ?」
「なるほどきつい!子供に和三盆を分かれと問う厭らしさ!」
「食べ物だ!食べ物!」
「食べ物かもしれん勢よかったね」
「でも和三盆は分かりにくいなぁ」
絶賛と共に多少の不満も聞こえる。耳ざとい塩田寺氏はすぐさま代案を提出した。
「じゃ、これでどうざんすか?オイル入ってないジッポライター」
「なるほど、無用の長物!がっかり」
「でも見た目かっこいいのが引っかかるな」
「錆び錆びだから蓋を開けると嫌な金切り音がする」
「完璧だ!」
社員たちは総立ちで拍手喝采し、塩田寺課長は指を曲げた独特のピースサインを作る。
あ、これキング・ザ・100tがやってたやつだ。この会社は変にキン肉マンが好きだ。
「満場一致、いかがでしょうか、会長!商品化で進めては」
議長が上座を仰ぎ見た。会長はにこにこと首を振る。
「駄目ですよぉ皆さぁん。子供は国の宝です。もっと喜ばして健やかに育ってもらわないと」
ですよねー、鶴の一声でみんなはすらりと手のひらを反す。
こうして子供が喜びそうな無難な商品が開発され、それなりにヒットして、会社は無事に売上を更新する。
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