食べもねんたる32
地蔵さま方は度肝を抜かれた。
確かにここは豪雪地帯、牡丹雪に降られる我らの姿は人にはなるほど不憫に見えるのだろう。
頭上に笠をかけてくれるのはよい。
石仏の身なので寒さに震えることはないが、気遣われる気分は悪くはない。
しかしこの笠はどうだろう。
笠というにはシャンプーハットすぎないか?
「お~どうぞ、ぬくまってくだされぇ。ぬくまってくだされぇ」
爺さまは呟きながら拝みながら地蔵さまに笠を被せていく。
いや、笠ではない。明らかシャンプーハットだ。
「笠が売れぬのは残念なことじゃったが、こうして地蔵さまのお役に立つならば町まで下りたのも甲斐があったというものじゃぁ」
爺さまは人をほっこりとさせる笑みを称え、次々にシャンプーハットを被せていく。
悪気はないんだろうけどな、と地蔵さま方は思う。
思うのだが頭上のてっぺんはぽっかり穴が空いていて地蔵さまの頭は雪でボッタボタだ。
「しかぁし、これほどの雪じゃというのにど~して笠ぁ売れんかったんかのぉ。不思議なことじゃぁ」
首を傾げる爺さまを傍目に地蔵さまたちは「シャンプーハットだからじゃねえかな」って思う。
「シャンプー文化、まだ日本に入ってきてねぇからじゃねーかな」って思う。
まあシャンプー文化入ってきてても雪の日にシャンプーハットを被ることはないのだが。
「一重じゃあ地蔵さまも寒かろぉ。ダブルでいこう。重ね着は冬の基本じゃあ」
爺さまは人をほっこりとさせる笑みを称え、シャンプーハットにシャンプーハットを重ねる。
重ねども、地蔵さまの頭はボッタボタだ。
5体目の地蔵さまにシャンプーハットを重ねた時、爺さまは事の重大さに気付いて己が額をぴしゃりと叩く。
「あ~~~~~、しもうたぁ。わしとしたことが。はだかの地蔵さまがまだおるというのに、ここで笠が切れてしもうたぁ」
爺さまは盛大に困って見せる。
「いや重ねるからだよ」と地蔵さまは思う。
「重ねたやつ、持ち上げて隣に移せばいいんじゃねぇの」と地蔵さまは思う。
いや、乗せていらないのだが。頭、雪でボッタボタなのだが。
「お。そうじゃあ。いいことを思いついたわい。今日のわしは冴え取るわい」
「そうだよ、そうだよ。隣に移せばいいんだよ」地蔵さまはうんうん頷く気配を見せる。
「わしが装備しとる、このVRゴーグルをはだかの地蔵さまに装着~っと」
違った。思ってたんと大分違った。
おかげで1体の地蔵さまだけ、目元が異常に近代的になる。
ええっとこれは親切?なのか。
地蔵さまの困惑に輪がかかる。
爺さまの人をほっこりとさせる笑みに変わりはないが、なんだか見え方が変わってくる。
そこに畳みかけて、
「あ~~~~~、しもうたぁ。わしとしたことが。はだかの地蔵さま、もう1体おるでないかぁ」
「さっきの時点で見えてたろ?」って地蔵さまは思う。
「この地蔵さまにはわしがジュビロ磐田優勝の願掛けにはめてるミサンガをこうキュッと」
石仏の身で唯一結べそうな耳に爺さまのミサンガが括られた。片耳だ。
括られた地蔵さまは石仏の身ながら憮然としているように見える。ちなみに頭はビッタビタである。
「良いことした後は気持ちがよいのぉ」
爺さまは満面の人ほっこスマイルを浮かべ、地蔵さまを端からずらり眺める。
シャンプーハットダブル・シャンプーハットダブル・シャンプーハットダブル・シャンプーハットダブル・シャンプーハットダブル・VRゴーグル・ミサンガだ。
その後爺さまはしゃがみこんで拝んだりなんかごそごそした後で、よっこいしょっと腰を浮かせる。
「結局正月の餅は買えなんだが、地蔵さまのおかげで気持ちよく年を越せそうじゃ~。来年もよろしくお願いいたしますぞぉ」
最後に深々と頭を下げて爺さまはこの地を跡にした。
その晩、地蔵さまたちは車座で会議に入る。
『かさこじぞう』のテーマに基づくならば「何をお礼に届けるべきか」となるところであろうがムードとしては違っていた。
爺さま、ふざけてたか?ふざけてないか?である。
「ありゃ絶対、ふざけてただろ」
VRゴーグルの地蔵さまは怒り満面で唾を飛ばす。
「まず俺、どっこも防寒になってないんだわ。しかもだよ?ゴーグル付けられた瞬間、奥からズドーン!って3Dの機関車トーマスが飛んできて石仏の身でありながら『うわぁ』て言いかけたわ。『うわぁ』て」
怒れる地蔵さまはとっくにVRゴーグルを外している。
先程までは近代的だった目元は劇画の剣客のように剣呑だ。
「まあ待て。確かにあの爺さま、あんまりにも不用意な行動が散見されたのは事実だ。しかし耄碌してるだけで信心深かったならば事だ。地蔵が信心深い年寄りをないがしろにしたなどとなればおいら達の沽券に関わるぜ」
まだシャンプーハットダブルの一人が中道を説く。一人称がおいらとは思えない冷静な判断だ。
「仮にも俺たちゃ地蔵だからな。閻魔大王さまだからな。爺さまが嘘をついてるとしたら、それの看過も頂けねえ」
「結構立ち位置が難しいんだな、かさじぞう」
「今だけじゃ判断材料が足りないな。ふざけてる、ふざけてない、どちらとも取りようがある」
この意見を出したのは意外や意外、ミサンガの地蔵さまだった。いや、あなたは『ふざけてる』側で発言していいんだよ?
「何か他ないか?」
「そういや、爺さま。なんか南無南無やらごそごそしてたな」
「うん。ユーチューブ撮ってた」
「ユーチューブ撮ってたのかよ!」
「それはもう、ふざけてるでいいんじゃねえか?」
「まあ待て。ユーチューブの中身を見てから判断すべきだ。おいらたちの常識程度では測れない成人君主なユーチューバーがいたっておかしくない」
そんなわけで地蔵さまたちは爺さまのユーチューブチャンネルを鑑賞することとなった。
「はい!どうも。爺さんの『信心深いチャンネル』です」から始まった。これは盛り上がらなさそうだ。
地蔵さま方は『信心深い』ってわざわざ言うのはふざけてるんじゃないか?いや本当に信心深いのかも、と一旦動画を止めて侃々諤々する。
結局結論は出ないので動画をまた再生した。
動画は「見てください。地蔵さまが牡丹雪に降られて気の毒なことです」を主眼に進行し、笠を被せるシーンと拝むシーンがズームアップされた。
そうして「いいことをすると気持ちいが良いですねえ」で例のほっこり顔を見せ「皆さんも困っている人、気の毒な人などを見かけたら手を差し伸べてみてはいかがでしょうか」の総括を以て終わった。
時間にして約15分。特にふざけたところはない。
と、思ったが番組ラストの『よろしければチャンネル登録をお願いします』の画面で奥から機関車トーマスが飛んできた。
VRゴーグルの地蔵さまの目元がヤンキー漫画よろしく「ビキビキィ」ってなる。
「だがこれはふざけているの部類ではないだろう。番組を盛り上げるにはインパクトも必要だ」
ミサンガを耳にかけて地蔵さまは自説を述べる。
この人はなぜこれほどまでに沈着なのだろう。神の化身なのか。あ、そうだ地蔵だった。神の化身だった。
「だが・・・」
ミサンガを耳にかけた神の化身は懸念を口にする。
「一つ気になることがある」
「なんだ?ふざけの気配か?」
「動画だけ見れば日常を記録してるだけのユーチューブと大差ない。ならば再生数50~300程度でもおかしくない。それなのにこの動画はすでに1300も回っている」
「ふむ。言われてみれば妙ではあるな」
「あんたなりの結論はなんだい?」
「他の動画は、もっとバラエティー寄りなのかもしれない」
「!」「!」「!」「!」「!」「!」
ミサンガさんの言葉で地蔵さまたちはさらなる動画再生を続けることになる。
動画のほとんどには先程のものと大差がなく、退屈且つ苦痛な時間が続いた。
僅かに7人の心を温めたのは『メントスをほうじ茶に沈めてみた!!』という動画で「別になんにも起こらないんだねぇ・・・」が妙に憐れを誘う様だった。
これとてふざけているのかどうかは、判断がつかない。
「もう分らん。あんたが決めてくれ」毒にも薬にもならぬ動画にVRさんの怒りもすっかり萎んで、決断はミサンガさん一人に委ねられた。
「そうだな・・・」
ミサンガさんが一つ、咳払いをする。
ここは爺さまの家。
みすぼらしくも暖かい空気が漂っている。夫婦が和気藹々としているからだ。
「すまんな婆さんや。わしの笠が売れなかったばっかりにひもじい正月を迎えにゃならんなあ」
「いいんですよおじいさん。もう本当にいざとなればアタシ配合『ウルトラ美顔潤いハイパー化粧水EX』で荒稼ぎすることだってできるんですからね」
終盤になってどうでもいいややこしい設定がぶっこまれたが、今回二人は荒稼ぎすることなく年を越しそうだ。
と、
「頼もう!」
七つの影が軒先に並ぶ。
「あんたさんらはもしやぁ?」
そう、侍とかガンマンではない。地蔵さまだ。なんせ5体はシャンプーハットを被っている。
一人の地蔵さまが侍が編み笠を上げるようにクイッとシャンプーハットを上げた。
「俺たちは昼間のお地蔵」
続けて一人の地蔵さまがガンマンがカウボーイハットを上げるようにクイッとシャンプーハットを上げる。
「あんたの恩に報いるべく、遠路はるばるやってきた」
続いて3人が侍のようにガンマンのようにシャンプーハットをクイクイクイクイする。
「だが、おいら達は迷っている」
「昼間のあんたが親切なのかおふざけなのか未だに判断できないでいる」
「判断材料も尽きた。だから・・・」
ミサンガを付けた地蔵さまが一歩前に出た。
「本気のおふざけでご恩に報いる」
HEY!!
やたら陽気な声が爺さまと婆さまの背後に響いた。
見るとVRゴーグルを装着した地蔵さま。頭にはシャンプーハットも被っている。そして両手にはそれぞれ二重に重ねたシャンプーハットが。
よく見ると地蔵さま方のシャンプーハットは全てシングルだ。VRゴーグルの地蔵さまは夫婦にシャンプーハットを被せる。
「揚げ方、はじめーい!」
気が付くと庭先には大釜が配置されている。地蔵さま達の手によって次々大釜に放り込まれる串。串。
目を丸くする爺さま婆さまにミサンガの地蔵さまのレクチャーがはじまる。
「えー、かさこじぞうの地蔵たちは最後、七福神の姿を取ってお礼に訪れたと多くの文献にあります。七福神と言えば富の象徴?NO!大阪が誇る串カツチェーンです」
「それでは饗させて頂きましょう!レッツ、串パ!!」
VRゴーグルの地蔵さまは踊るように大釜から揚げたての串を掬い上げては次々にシャンプーハットに突き刺していく。
夫婦に近づく際、機関車トーマスのムーブを取り入れる徹底したおふざけぶりだ。
爺さん婆さんはあたふたしながら口にも串カツを詰め込まれ、あたふたしながらなされるがままとなる。
「串カツばっかで喉乾いたろ?いるかい、メントス入りほうじ茶」
VRゴーグルの地蔵さまの目はいつしか人をほっこりとさせる笑みを浮かべている。
爺さまは注いでもらったばかりのほうじ茶を見つめる。
実際に、爺さまがふざけていたのかそれとも大真面目だったのかそれは誰にも分からない。
ただ、言った。
「なんにも起こらないことなんて、本当はないんだねぇ」
爺さまの目にはうっすらと涙が浮いていたという。
本来であれば『食べもねんたる31』を先に提供すべきところではあるが、週末ということでちょっといい話を先に提供する。
それでは、よい休日を。