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恋をするには早すぎる(2)

学習机の隅の小さい缶は以前誰かがテーマパークに行ったときにお土産でくれたクッキーの入れ物だ。
今はその中に丁寧に折り畳まれた手紙が入っている。
封筒がなくても中が見えないように丁寧に織り込まれたひし形の便箋は何度も開いては閉じ順番に並べておいた。
私の数少ない宝物。

父が倒れたと報告を受けたその日は母は帰ってこなかった。
隠居に住む祖母と待って翌朝迎えに来た母と一緒に病院へ向かった。

私も弟もずっとドキドキしていたし不安だったけど少なくとも母の負担になりたくなくて気を張っていたように思う。
「たいちのことは私に任せて」
そう言ってずっと小学生の弟の手を引いて歩いた。
母は力なくありがとう助かる、とだけ言ってくれた。

父の病状は芳しくなかった。
蜘蛛膜下出血という脳の病気でむしろ即死しなかっただけ運が良かったという説明を聞いた。
母は父にかかりきりで疲れているように見えた。

病院の帰りに母が連れて行ってくれたデパートのお寿司やさん。
滅多に行けないお寿司ではしゃぐ弟と神妙な母のコントラストが私の胸を押しつぶした。普段食いしん坊の私だったが全く味を覚えていない。食べ物が喉を通らないという感覚を人生で初めて味わったのだろう。

それからは怒涛の日々。
2度の手術。毎日病院を行き来する母とできることが少ない自分に歯痒さを覚える。
父の入院先は家から車で1時間はかかる総合病院だ。
病気の母が往復するのは楽ではないはずだ。
母の姉が手伝いに来てくれたのは入院の数日後の話でそれまでは母は一人で付き添っていた。父方の親戚は近くに住んでいるのに日中見舞いに訪れるだけで、正直私の印象は良くなかった。
母は文句も言わず見舞いのお礼を口にしていたのも私を苛立たせた。

「あなたたちのお父さんは死んでしまう可能性が高いんだから、将来のことを考えて進学しなさい。そうね、看護師なんていいわよ。」

入院病棟の待合室で、入院患者がこちらをチラチラ見ている中。
父方の叔父・叔母に挟まれた私たち姉弟はどんなふうに写っただろうか。
入院3日目、母の仮眠中に呼び出されたかと思えば小言である。
年長である叔母は言いたくもないことでも家族のために言うべきことを、言うべき時に言ってきたという自負がある。父方の親戚の実質ドンのような存在でみんなで姉さん、姉さんと持ち上げるのが私はキミ悪いと思っていた。
いい歳したおばさんが持ち上げられてみっともないとさえ思っていた叔母が、今私に向けて小言を垂れていた。
余談だが父は5人兄弟の末っ子で上2人はだいぶ年上なので関わりが薄い。小言係の叔母が実質長子のようなものだという。
そのような関係性もあり、大方姉である叔母にせっつかれて叔父も仕方なく付き合っているのだろう。
そういう雰囲気に私は敏感で、叔父の方をチラッと見ると気まずそうに目を逸らした。なんとも情けない男だとこの時私は心底軽蔑した。
「あーーなんだ、姉さんの、おばさんの言うことはわかるな?わかるよねぱちこちゃん。まぁしかし、あれだよ。こんな時に急に言われてもあれだよ…な?」
「またあんたはそんな甘いことを。今だからこんな事を言わなきゃいけない私の身にもなりなさい。母親も病気でその後は自分たちだけで生きなきゃ行けないんだからこの子にはしっかり手に職をつけさせなきゃいけない。この子の為なのよ」

弟は私の横で紙パックのジュースをチューチュー吸っている。
険悪な雰囲気は理解しているようで押し黙っていて、不憫だった。
父親が死にかけており、母親も病床。
その最中に左右で繰り広げられる理論が正しいこともわかった。
私ももう中2だし分からんでもない。
ではこのふるえる手はなんなのか。
(あ、わたし、怒ってる、、、)
そう思ったら急に言葉が出てしまった
「今この場所で言うようなことですか?!余計なお世話です」
叔母がなんとか言っていた気がするが全く耳に入らない。
行くよと弟に促すとぎゅっと手を握ってきたのでそのまま引いて待合室を出る。
周囲が私たちを目だけで追っているのがわかる。
知るか。
知るかお前らなんか知るか。
視界が歪むのは怒りのせいであって決して涙が出ているのではない。
悔しい、悔しい悔しい。
私に小言を言う暇があるなら母の代わりに看病すればいいのに!
あいつらは頼りにならないと思い知った私は決意した。
弟と母を守らなくてはいけない。
私は強く口を結んで病院の外に出た。

もう季節は夏。
その年は全く雨が降らずにどっしりとした太陽が居座っていた。
私たちは終業式を迎えることなく夏休みに突入した。

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