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yieldモニターセッションご感想1(休養中のダンス講師の方)



1回目仰臥位

先日はありがとうございました。
二晩過ぎてみて、まだからだには起きることが続いているようなのですが、体験したこと、していることを言葉にしてみようと思います。

始めに仰向けに寝た状態で、馬渕さんの居場所を探して行く際、右側足許の方に立たれると気配が感じられなくなりました。一度場所を変えて戻って来られると、更にそれが深まり、まるで一人で居るかのように感じました。
スタートはその場所からでしたが、初めてで緊張してもいたので、ふいに一人で、しずかで明るい空間な中に横たわっているような感じになり落ち着いて行きました。
目を瞑り、しばらくすると、左側上方から大きな樹の下にでも居るように覆われているような陰る感じがしました。同時に右側鼠径部のやや上に引き攣れるような感じと、右上腕裏に脈打つような動きが顕れました。
少しづつ、背中や骨盤周り、左右の脚等、うねるような動きが顕れては、ある程度時間を過ごすと薄らいで消えてゆきました。
中盤頃、背骨より後ろ側の上半身がぐーっと上方に伸び上がり続ける時間が長くあり、
同時に左脚も下方へ伸びようとしていました。
その後、右側の上半身だけが伸び上がるのを止めず、右耳からぶら下がっているような格好になりましたが、外からいろいろと付け加えるようにやってきた事が、からだにとってはストレスだったんじゃないかな…と改めて感じた時間でした。
ほとんどからだに直接触れる事が無かったのですが、しじゅううねるように動いていて不思議でした。
馬渕さんが、外側からではなく内側から在りたい状態を探す、と仰っていたのが特に印象に残っています。手術をした跡や、膝の痛み等があり、心身の疎通がとれていないような状態が続いていて「正解」のようなものを求める意識と、何処かでそうではない、と感じる自分の両方が居ますが、今、自分はからだからの聲を聞きたいと思っていて、このセッションに出会ったのだな…と感じます。

終わってから、眠っている最中に背中やお腹がセッション中のように伸びようとしているのを感じます。それと、右膝にセッション前とは異なる痛みがありますが、からだが今迄と違う所でバランスをとっている、移行中故なのかなと…見守ってみます。

2回目伏臥位

2回目はうつ伏せのセッションとなりました。
身体にフォーカスを置くセッションの始まる前にはいろいろな方面へ話が拡がり、これまでにお互いが体験したことを開示してみて、俯瞰し、今現在の自分が認識を新たにするとゆうか、話すことによってまた視点を得て展開してゆくような愉しい時間を過ごしました。

うつ伏せになり、馬渕さんの居場所を決める時は足許や頭の方、左右など、前回とは異なり、どこに立たれても同じような感じでした。
うつ伏せでの顔の向きにも特に差を感じなかったので、そのなりのままに始まりました。
始まってからほどなくして、右側の仙腸関節付近がふわっとゆるむ感じがありました。
触れることの声がけをしてもらいましたが、背中や腰周りや脚等、どこかしらに常に温かさの波が訪れてきていて、触れられている手の温かさと区別がつかないような感じがありました。
1回目は、ぐーっと線を押し出すような感じで伸び上がるのが印象としては多かったようでしたが、今回は温泉の気泡がポコポコ…と湧くような体感で、終始穏やかではじまりと終わりがないような感じでした。
終わってからも、1回目は就寝中等にセッションの間に起きたような動きが度々ありましたが、今回は特別にわかりやすい出来事はない代わりに、なんとなく全体的なからだの認識がなくならないような状態に居るように感じます。
捻じれを感じたり、痛みがあったりはあっても、そこで固まってしまわないとゆうか、ずっとそのまま聞き続けていられるとゆうか…。
また、セッション中に、始まる前に話した事がふっと浮かび上がって来ては「あれはこうゆうことを云っていたのだな」…等と、自分の中での出来事と符合したり、言葉の意味が新たに付け加えられたりしていました。全てに決着がついてから次、とゆうこともなく、何かがぼんやり浮かんでいる最中にふっと湧いてくるものもありで、からだで起きている事を感じながら、とりとめもなくたゆたうような(半分寝てるような)感じでした。

セッションの終わりに、ボールとテンセグリティの模型をお腹の上に載せて貰いました。気になったので終わってから持たせてもらい、つくづくと眺めていると、からだってまさにこうゆうものなんじゃないかな…と感じました。おそらく、セッションを通してからだに起きている事がそう感じさせたのではないか…と思います。
2回終えてみて、ただからだを機械的に動かしたり欠損を断定して「治す」のではなく、物事の見方や取り組み方、日々の在りようのベースにしずかに染み込んでくるような体験をしている最中に居るなと感じています。
そのつづきにやってくる3回目、たのしみにしています。

3回目側臥位

3回シリーズのセッション、ありがとうございました。
通して振り返りつつ、、3回目の感想です。

3回目は横向きでのセッションでした。
仰向けやうつ伏せと比べると、少し不安定になるかなと思いましたが、脚の下や胸の前に抱えるたっぷりしたクッションにしっかり支えられて、安心…むしろ宇宙遊泳のように身体がふわりと浮かぶような感じがしました。

左側部をベッド側にして始めました。
最初の馬渕さんの立ち位置を決めるのは、2回目と同じく何処に居られても違和感が無く、馬渕さん御自身の居心地の良く感じられた(やや)、足許前方からのスタートになりました。

クッションに支えられている右側肩腕に近い胸部や肩甲骨周りと、脚の付け根周りがふわっ…と浮かんでいるような感じが、呼吸が落ち着いて来てベッドに馴染んで行くとゆっくりと長い周期でゆれるように動き始めました。
最初は脚の付け根周りが動き始め、その動きに呼応するかのように胸部や背中が調整するようについて行く…何度となくそのやり取りを繰り返しているようでした。
骨盤や右脚が内旋するように…何かつながりを探して右往左往しているように螺旋階段を上がったり下がったりするように全体が蠢いているようでした。途中で脚の下で支えてくれていたクッションを外しました。
だんだんと動きが背骨の上の方へと上ってゆき、最終的には身体からすると水平方向に(空間的にはベッド側と天井側をつなぐ方向に)身体を拡げるような張り出す感じが起きました。
右側部がベッド側になる方に体位を変えると、今度はからだの前面が開く方向に左脚が後退してゆきました。少し観ていると、左脚というより右側の股関節周りが縮まっているスペースを拡げようとしているようでした。
体位を変える前よりは動きの幅は穏やかでしたが、どちらも全体を通して、魚が川を遡上しているようであったり、爬虫類になったみたいに左右の4足と胴体のつながりを探しているような感じがしました(胴体に対して腕も脚もどうつながっているのか知らなくて、手探りで模索しているような)。
仰向けになり、両足を立てて踵や距骨の在りようを確かめ、膝裏や坐骨の方に大腿骨を休めて行くと、少しづつ身体が馴染んで行きました。
最後に右側の腎臓を馬渕さんの掌にやすめると、またそこで少し背骨が(肩甲骨辺りから)居場所を探すようにモゾモゾと動き始めてしまいました。

終わってから、今日も身体が調整しようと動いていましたね、と仰って貰いましたが、自分は身体にどれほど無理を(制限?)かけているのだろうか…と感じ、途方にくれました。
セッション中、自分で意思して動いている訳ではないので本当に様々な動きが起きてくるのが不思議なのですが、1回目を受けてから次回のセッションへの間に、体感した事や聞いた事、話した事が日々の暮らしの中で何かが消化され、是迄体験した事や感じていた事とつながってまた異なる視点を持って、それらを見直す事ができるようになる…セッションとゆう限定された時間と場の中で起きた事が、その外側につながり、やり取りし続けて、からだの方が動きようを選んでいたのかもしれないなと感じています。
からだの持っている力ですよ、と馬渕さんは何度も仰ってくれますが、からだがこのように自ら動ける状態になれたのは、様々な条件を整え場をつくってくれた(膨大な学びと知識をベースにされた)馬渕さんの力を感じずには居られません。

セッションを通して、自分が他者…日々やって来るものと、どうやり取りしているのかを観直しているように感じます。一つの側からでしか観られないと止まってしまう事も、異なる視点に立つ事で活路が生まれる。受け入れ難い出来事を安易に否定するのではなく、異なる手段が在る。
学びは始まったばかりだなと感じます。

ありがとうございました。

4回目伏臥位

3シリーズを受けてから7ヶ月ぶりのセッションでした。心身両面から様々な出来事があり、何か変わり目にさしかかっているように感じてセッションを受けようと思いました。
が、確たる根拠からとゆうよりは殆ど直感的なもので、クリアにあったのは馬渕さんに会いたいな…とゆう漠然としたおもいでした。

生きているとゆう過程で、何層にも重なり廻りながら一つの体験が異なる形をもってくり返されながら、体験する度にまた異なる次元からの視点を得る事につながってゆく。
心身でそのささやかな違いをキャッチしながら日々を生きる。からだを入口にして、触れる事のできるもの、触れることのできないもの、見なくてもいいもの、あったかどうかもわからないようなもの…再現できない事、そもそも再現するとは何を指すのか、時に痛い目にあいながら試行をくりかえす。
おもしろいものだなと思います。

うつ伏せでのセッション、右側に顔面を向けて始まった時点では自身が使い込んだ布団のようにペッタリと硬く隙間なく感じましたが、顔面を左側へ向ける頃には骨の髄が通るように(海老の背ワタを抜くような)からだの内側に間があいているように感じました。
肩甲骨周りや脇腹がピクピク振動したり、両方の脚が代わる代わる内に外に廻りながら長くなってゆくような動きがありました。
いづれも劇的な動きではなく、穏やかに静かな波打ち際で凪いでいるような状態でした。

終わり頃に少し右側の背中がつながっていないような感覚がありましたが、右腕全体をシーツごとリフトしてもらって少しすると、上半身と下半身が内側からつながるような感覚が生まれました。
仰向けになり、両膝を立てて足や膝裏、腎臓に手をあててもらうと、ぐうーと内臓が音をたて、立ち上がってみると足の裏がふかふかなクッションのように感じました。

5回目仰臥位

先日はyieldセッションありがとうございました。
心身ともにおぼつかない、いろいろな事が疑問形の保留状態の中でのセッションでしたが、受けることで「いま/ここ」に居ることの大事さを感じました。

第一回目と同じ仰向けでのセッション。
スタートする位置を探している時の感覚の違いが新鮮でした。これまでは「心地よいかよくないか(特に違和感がないか)」でしたが、ふわっとした広がりを感じるとか、よい感じにもいろいろあるのだなと…当たり前かもしれませんが、体感できておもしろかったです。

最初はゆっくりと接地面の骨盤周辺から動きが起きてきて、時々に触れる手に、触れたその部分から葉脈が伸びていくように反応がありました。右手から左手へ、右の背中腰へ…。

全体通して、右脚を遠くにしようとする動きや、肋骨と骨盤が離れるような動き、骨盤の左側を接地面に対して押し当てるような動きが多く現れていたように思います。第一回目の時は右の背中が上に伸びようとしていたのが印象的でしたが…。

立ち上がってみると、足裏の重心が全体に広がり(少し踵より)右足外側によっていた重心が真ん中に落ち着いたようでした。

一晩眠っている間に、後頭部右側に痛みが来たり、セッション中にもあった肋骨左下側の引きつるような感覚が起こりましたが、セッションの続きをやっているなかな?と…

右に傾いている、ひきこむ癖がある…等、からだをある瞬間で捉えた印象を常にしてそこからスタートをする習慣がありましたが、その感覚の由来は自分の意識できる範囲ではない事から起きているのかもしれない。からだは常に動いているから…いまはどう?と、都度都度きいてみる事が自分には必要な事なのかなと感じました。

次回はどんな事を感じるのか、愉しみです。

6回目側臥位

6回目は横向きでのセッションでした。
始まる前に歩いてみた際に、なんとなく右脚の内側に落ち込むような不安定さがありました。

左側部を下にして馬渕さんの居場所を選んで行く時に、遠くに居るように感じた足元からのスタートとなりました。

しばらくはぴくりともせず、今までにない感じだなぁ…と思っていましたが、少しづつ鳩尾辺りから右膝上にかけて中身のつまった袋のようなまとまりを感じました。

おいそれとは動きが出ないようなみっしりとした密度の濃さを感じましたが、足裏や膝、坐骨と馬渕さんがそっと触れてくれた部分から微細な動きが呼応するように伝わってゆきました。

周りから少しづつ動かされて袋全体がゆるく揺すられるようになり、何度か支えから右足が落ちては支えなおしてもらい、肩や頭の方に触れたり立たれたりするうちに骨盤全体が後ろの方へ傾いてゆきました。

ほどなくして左肩周りから右膝上辺りまでつながったように感じ、密度はあるままに(熱い状態の飴が形を変えるような)袋全体が弾力を帯びたようでした。

落ち着いた所で右側部を下に。

上になった左側部の肩周りや骨盤を硬い殻が覆っているような盛り上がりを感じましたが、こちらも足裏や膝、坐骨と触れられるにつれてゆっくりとゆるんでゆき、左脚全体がからだの中心から遠ざかるようにして骨盤全体がついてゆき、少し後ろの方へ傾いてゆきました。右の胸の硬くなっている術創から左の坐骨迄がつながったように感じました。

仰向けになり両膝を立てて踵や距骨に意識を向け「脛を休ませる」と仰られたのを聞いて、フッと力みが抜けました。がんばって立ってたなぁ…と。
そこが一見「正しい」と呼ばれる所かもしれませんが、無理をするのではなく休めるようにお互いが安心して居られる事ができる状態なら、それ相応の対応ができそうな感じがしました。

立ってみると、ぐらぐらと倒れそうなハリボテのような印象だった骨組みの内側にあるものが整理整頓されたような満ちた感じがありました。
今までのセッションでは、しじゅう細かく賑やかによく動くなぁと感じる事が多かったですが、今回は内臓を含める内側全体がゆっくりと全体として動いていたように感じて面白かったです。寝ている四足動物がゆっくりと寝返りを打つようで、どこがどのように、とは言えない何かが動いてくれているのを感じました。

残す2回はどんな事に出会うのか、いまから興味津々です。

日々感じている事を様々な角度、立ち位置から話す事で、偏って狭い視野だったり新たな視点に気付かされたりします。

何かを思うとき、それがどんな立ち位置からのどんな角度や距離感で、どのように観る事ができるかの視点なのか…その人が生きてきた事からなるものでもあるけれども、そこに特権を渡すでもなく、ただその主観の出どころを知りたいなあと思います。

7回目

7回目のsession。
前回から一つ季節を越すほど間があいてしまい、どんなものだろうかと思いつつ受けに行きました。

久しぶりの仰向けポジションでのスタートでした。はじめる場所を選んで行く時に、これまで感じたことの無いスコンと空いた感じの場所を馬渕さんが選んだ事が新鮮でした。明るい感じがする…と仰っていたのが印象的でした。

はじまってみると、ほわ…とやわらかく浮いているような感じがします。これまでははじめると割合早い段階からゆるゆる動きが起きていく事が多かったのですが、今回はしばらく動きらしい動きも現れず。

少しづつ、タッチが入り始めた時に音のする方向と実際に触れられている所とが違ったり、実際に触れられていないのに触れられていると感じたり(お腹や顔などを触れる時には声掛けをしてくれるので後付で触れていなかったと気付いた)不思議な感触がしばらく続きました。
横たわっているマットの感触も、以前より軟らかく沈み込んでゆくように感じました。

何度か脚から足にかけてほわー…と温かくなったり、骨盤が背骨に対して反時計回りにゆっくり回り、その後胸郭が同じように回って行きました。
途中で鼻の奥からゴゴ…と音がしたり、お腹がもこもこ動いたり。。
胸郭や顔、頭へのタッチで、少しづつからだが真ん中の方、上の方にまとまってゆくような感じがありました。

少しづつ背中全体がマットに落ち着いてゆき、両脚で交互に足踏みをするようなうねりが出てきて、落ち着いた所で終了しました。

立ち上がってみると、全体にふっくらとした感覚があり、足の裏に落ちた重さが触れている床面からかえってくるのを感じて立っているような感触でした。この所、足の指(目に見える割れた先の部分)に乗ってしまって痛い事がよくある(けれど、今はしっかりと指の腹で床面に接している)…と話した所、距骨に少し手をあてて調整してくれました。歩いてみると格段に歩きやすくなっていて驚きました。

自由に動いた後で、方向を示唆することで動きやすくなるとの事で、なるほどなぁ…と納得しました。

いよいよ次回は最終8回目です。
どのような事が起きるのかたのしみです。




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