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【短編小説】捕らわれの身

※これは一年に一度開催されている、理系的発想からはじまる文学賞【日経 星新一賞】に応募するために書いてみた短編小説です。

今から2年前の第10回大会に応募したのですが、理系的発想などどこ吹く風と言わんばかりに、世にも奇妙なテイスト風の内容になってしまいました。
ちなみに今年も【#星新一賞】は9月末までやっているみたいなので、ご興味のある方は理系的な発想をいかんなく発揮してみてはいかがでしょうか?

それでは、せっかく書いたので読んでみて欲しさにnoteにアップしてみます。
ご覧くださいませ!




「毎日毎日来る日も来る日もよくやるもんだな。」

皮肉たっぷりに彼は吐き捨てるように呟いた。
無機質なUの字型のデスクの上にはモニター画面が5台設置されており、彼の黒目はせわしなさそうに上下左右を動き回る。
彼はネット上をパトロールするライセンスを取得している。
過激な投稿や倫理観を乱す、全てのものを排除することが彼の役目だ。
権限を行使することにより懲罰を科すことも可能であり、今までに取り締まりの対象になった人物は数え切れない。
彼のパトロールには勤務時間という制限がなく、眠ることも休憩することもなく昼夜問わず監視は続けられている。
ある文章が彼の目に留まった。

「こんな監視された世の中じゃ生きていけない。」

彼はげんなりしていた。

「まだこんな戯言を言うお花畑の奴がいたなんて。」

厳重に処罰を与えなくてはならない。
彼は権限を行使し、発言者を特定する作業にとりかかる。
システムが確立された今となっては、造作もなく発言者の特定は可能になっている。
所在地に登録されている違反者へ向けた令状の作成にとりかかる。
この違反者の犯した罪は非常に重く、禁止された単語を複数使用している。『監視』『生きていけない』この二つの単語には、社会への冒涜罪と自死未遂及び自死教唆罪が適用される。
これでこの違反者の明るい未来は消え去り、暗雲立ち込める暮らしが待っている。
また一つ悪の芽を摘むことが出来たのだが、依然として彼の心は晴れない。再び目の前のモニターを凝視しパトロールへと戻る。

彼がネット上のパトロールをする以前には社会問題になっていた行列や渋滞も今となっては皆無だ。
行列や渋滞には生産性が乏しい反面、中毒性や二酸化炭素の増加が著しく、社会悪として排除する必要性があったため、ライセンス取得後彼はこれらの駆逐を徹底的に行ったのである。
当時の彼は、正義の名のもとに振りかざした鉄槌を容赦なく打ち下ろしていた。
インフルエンサーと呼ばれる人種が数多存在しており、金銭を見返りにさも華やかな虚像をばら撒く悪の広告塔となっていた。
そこに騙されてしまう優良な人々が取り込まれていき、勢いは加速度的に増していく。
彼の排除への執念は凄まじく、少しの猶予も与えることなく言葉を拾い上げていき懲罰を科していく。

「ここのスイーツは絶品です。」

彼の手にかかると立派な詐欺罪へと変わる。
絶品かどうかは個人の主観によるものなのでこれは立派な詐欺行為と言える。
他にもブランド服を身に纏ったインフルエンサーには、体系からくるコンプレックスがある人への配慮が足りないと精神暴行罪を適用して排除していく。
彼は動画の配信についても同様パトロールの目を光らせていた。
力を持ち始めると動画の配信者はみんなこぞってお金を見せびらかすような振舞を始める。
本来能力の低い勘違いした善人が憧れてしまい、一様にソワソワとした行動をとり始める。
そこには何か特別な事をやらないといけないような脅迫観念のみが支配し、倫理や秩序が保たれなくなってしまう。
配信者に科する罰は成功助長罪、憧れを抱くものへは倫理秩序破壊罪が適用されている。

流行り廃りがなく波風の立たない世界かつ、従順な穏やかさと考えることを放棄した思考停止したもののみが暮らせる世界を目指していた。
パトロールを通じて少しずつではあるものの理想の世界へと近付いている。インターネットの普及が進むにつれて、発言力を持つものや押し殺していた凶暴性や残虐性が目に余る時代が長く続いていた。


スマートフォンのアラームが鳴るより少し先に目が覚めた。
眠い目をこすりカーテンを開ける。
まだ蒸し暑さが残るものの外は薄暗い。
煙草に火をつけながらパソコンデスクへと腰をかける。
昨夜飲みかけにしていた缶コーヒーを一口飲み、ネットニュースに目を通していく。
好感度の高いアイドルの不貞疑惑に関するニュースが大々的に特集されており、好感度の高さからくる反動なのか烈火の如く叩かれているらしかった。記事の文末には読者からのコメント欄があり数千件の書き込みがされている。
一瞥してみるとアイドルの人格を否定するどころか、この世にある全てと思われるような罵詈雑言で埋め尽くされていた。
大して応援していたわけではないが、

「誰だって間違いを犯すことはあると思う。
この記事に書かれていることのどこまでが事実かどうかはわからないはず。」

とコメント欄に投稿してパソコンを閉じた。
自分でもなぜそんなコメントを書いたのか理解できずにいた。
翌朝、日曜日だということを忘れていつもの時間にスマートフォンのアラームが鳴り叩き起こされる。
布団の中で微睡んではみたものの猛烈な尿意に突き動かされる形で布団から抜け出す。
部屋の中は薄暗くカーテンを開けると鉛色の空からは、一切の隙間を許さぬように大粒の雨が降っていた。
二本目になる煙草に火をつけて缶コーヒーを飲み、例の如くネットニュースを覗いていく。
画面の上部には見慣れない赤色の文字が表示されている。

“あなたの投稿したコメントに新着の返信があります”

初めてみる赤色の文字をクリックしてみると、

「でたでた、良い人ぶってんじゃねぇよ。」

たったこれだけの短い文章であったが画面から目が離せなくなっていた。
右手に持っていた煙草の先からは音もなく灰が落ちた。
今までに経験した事のない感覚が全身を駆け巡る。
鼓動は激しく波打ち心臓の音が聞こえてくるような錯覚を覚える。
怒りと恥ずかしさが交互に押し寄せ自分の顔が紅潮しているのがわかる。
返信されたコメントには同調する人がクリックしたであろう『ナイス!』の件数が300を超えていた。
自分の本心を何の気なしに書いたつもりでいたが、良い人になろうとしていたのであろうか?
本当に本心を書いていたのか?
自責の念に押し潰されそうになっていた。
強張る指でカーソルを返信の文字へと持っていく。
少ない語彙力を総動員して反論の狼煙をあげる。
浅かったはずの呼吸が深く感じるような達成感を享受していた。

煙草に手を伸ばすと箱は頼りなくいびつに潰れた。
灰皿の中には不格好に折れ曲がった煙草の亡骸が溢れている。
あれから何時間経ったのだろうか。
昂ぶりを抑えることが出来ずに、インターネットの世界に没入していたらしい。
わかったこととしては、ヒーロー願望があり悪を成敗する快楽に目覚めてしまった、『似非ヒーロー』が有象無象に存在しているということ。
実際に目の当たりにしてみると滑稽に感じてしまう。
日々の暮らしの中では、おとなしく人の良さそうな顔で生活し、バーチャルな世界線では圧倒的な主観と偏見で傍若無人に大立ち回りをしているというわけだ。
秘匿性に付け込んだ意気地のない奴等に何を言われても気にすることはない。
良い人ぶってんじゃねぇよと言ってきた人物もこの手の類なんだと思えると可愛らしくさえもある。
自分なら特定の個人を攻撃するなんて幼稚なことはしない。
もっとも強い権力に抗うほうがよっぽど世のため人の為になるのではないだろうか。

これと言って趣味らしい趣味はなく、人生で熱心にハマったものもない。
遂に刺激的な生活が始まりを迎える。
空いている時間は全て、国や企業や団体と言った組織の不祥事や事件の情報を集めることに徹する。
集めた情報は『ナイス!』の件数を指標に精査して、積極的に拡散していく。
どいつもこいつも善人面をした悪党ばかりだった。
厚顔無恥な権力者たちは、降りかかる小さな火の粉を見くびりあっという間に火だるまになっていく。
爽快かつ痛快かつ愉快だった。
良い人ぶっているのではなく間違いのない善行を積んでいると結果がそれを証明していた。
これこそ正義だと悦に入る。

日々繰り返される不正をことごとく木っ端みじんに玉砕していく。
日増しに名もなき仲間は増えていき、情報が手元に吸い寄せられて来る。
次はこいつだ。
乾いた唇を少しナメて作戦を立てる。
罪を償うことになるであろうターゲットは、政治活動の中で接点を持った反社会的勢力との癒着が問題視されている。
いわゆるフロント企業にて不正に得た資金を洗浄していることがわかっている。
それにも関わらず、件の政治家先生と来たらそのフロント企業の社外取締役に鎮座し、防壁となる見返りとして多額の報酬を得ていた。

「○○先生は反社と手を組んで報酬を得ている。」

すぐさま業火に見舞われた山火事のように、大きく燃え上がった。
ワイドショーに映し出される下世話なコメンテーターがまるで自分の手柄のように我が物顔で吠えていた。
これで大先生も年貢の納め時だなと缶コーヒーを口へと運んだ。
数日後事態が急変する。

「死んだ・・・。」

政治家先生の子供が自殺していた。
親の不正行為を受け入れることが出来ずに自らの命を絶った。
不正を働く顔が本当の顔なのか嘘の顔なのか判りかねるが、子供にとっての政治家先生は自慢の優しい親だったと伺い知れた。
左目の瞼がピクピクと痙攣しているのがわかる。
テレビでは遺書が読み上げられている。
アナウンサーの良く通る声で読まれているが、音として聴こえているだけで内容が入って来ない。

「・・・・・大きな過ちを犯したけれど、罪を償い反省してくれるはずなのでどうか許してあげて欲しいです。」

かろうじて最後の一節のみが理解出来た。

記者会見が間もなく始まろうとしている。
政治家先生と弁護士が折り目のまっすぐ入ったブラックスーツを着て直立している。
政治家先生は黒目がちなビー玉のような目をしている。
まるで生気が感じられない。
頬は酷くこけ細り、乾いた土のような色をしている。

「この度は、誠に申し訳ありませんでした。
先般報道のあった件に関しましては弁解の余地もございません。
司法の判断に身を任せて裁きを受け入れて参ります。」

政治家先生らしい流暢な喋りで簡素に謝罪を行っていた。
顔は能面のような無表情をしている。
しばらくの沈黙が続き、静寂を突き破るようにフラッシュがたかれていた。口が動きを見せているものの声が聞こえない。

「・・・・・えして。・・・・・えして。かえしてくれよ。」

堰を切ったように叫び声とも雄たけびともとれない怒声をあげている。
能面だった顔は悲痛に歪み般若を彷彿とさせる鬼気迫る表情を浮かべている。
係員に身体を抱えられて会見場を引きずり出されていく。
場に取り残された弁護士がマイクを握りあとを続けていく。

「状況が状況なだけに取り乱しておられますので、代わりにご報告を致します。
インターネット上で投稿された今回の○○先生の不正に端を欲し、尊い命が失われてしまいました。
○○先生も自分のせいでと酷く絶望されていらっしゃいます。
そこに関しましては、私どもと致しましても特段弁護をする気はございません。
今回私どもが追及するべき部分でありますが、インターネット上での誹謗中傷に関する是非となっております。・・・・・・。」

煙草を唇から離そうとすると、乾いた唇と煙草がくっ付き皮がめくれた。
煙草のフィルターの先には赤い鮮血が滲んでいた。
テレビ画面の向こうでは弁護士が淡々と説明を続けている。
自殺した子供はインターネット上で特定され心無い言葉を受けていた。
職場や顔もインターネット上には散見されているらしい。
正義の鉄槌とは一体何だったのか。
これが望んでいた結末だったのだろうか。
弁護士が続ける説明によると、関連する全ての投稿者を白日の下にさらけ出し、金輪際同様の悲劇が起こらぬように裁きを受けてもらうと高らかに宣言していた。
法律の改正も合わせて実行し、未だかつてない重い処罰が科せられることも付け加えられた。
狭い部屋の片隅に置いてある冷蔵庫がブーンと音を鳴らしていた。

それから半年ほど経過した頃、その日は訪れた。
普段滅多に鳴ることのないインターホンが鳴らされる。
扉を開けると目の前に立っていたのは仕立ての良さそうな嫌味のないストライプ柄のスーツを着た人物であった。
機械的に名を名乗り内ポケットから一枚の用紙を取り出し、顔の前に突き出す。


『電子誹謗中傷法により貴殿を電子誹謗中傷罪及び電子誹謗中傷強要罪及び電子誹謗中傷幇助罪及び電子誹謗中傷湾曲殺人罪で逮捕する。』


恐らくこうなるであろうと半ば確信を持っていたので、狼狽することもなく淡々と受け入れることが出来た。
自分の正義は間違っていた。
今ならはっきりとそう断言できる。
快感に身を委ねた『似非ヒーロー』とはまさに己自身であった。
小さな一つの自己満足のために一つの尊い命が失われてしまった。
思い描いていた理想とはあまりにもかけ離れた代償の大きさを痛感している。
どんな罰でも受け入れると心に誓った。
スーツを着た人物が口を開く。

「今回法律の改正を大幅に行い、我が国としても理想的国家を構築するタイミングとなっている。
君が今から負う罰は、理想的国家創造のために必要不可欠な職に生涯従事して貰うこととなった。
申し訳ないがそこには一切の人権や権利は存在しない。
君が行ってきたであろう、インターネット上でのヒーロー気取りの人間を片っ端から取り締まることだ。
いわゆるインターネット上を監視するパトロール部隊のようなものだよ。
小さい芽の段階でも構わずドンドン排除していってくれて構わない。
得意だろ?
国家規模でのプロジェクトになるので、この国の行く末を少しばかり理解しておいて貰おうか。
君が得意気にやっていた監視だよ。
全国民が対象になる監視社会へと舵を大きく切ることになったわけだ。
少しでも力を持つ恐れのある人物を未然に排除し、国家主体の管理下におく。
わかるかい?
君のような人間を言うんだぜ。
君が排除していく人間は、罰として君と同じ職務を請け負うこちら側へとなるって仕組みだ。
きびだんごをあげると仲間になる昔話があっただろ。
まさにそれだよ。
反乱分子は排除される。
しかし監視の目は増えていくって寸法だ。
期限の話しをしていなかったな。
これは非常に残念なお知らせとなることを先に断っておくよ。
君のように晴れてパトロール部隊へと入隊したものは言わば、理想的国家創造からは必要とされない人物だ。
そこで秩序を永続的に守るために君たちは現実世界からは淘汰され、命の続く限りパトロールを続けて貰うってわけだ。
食事や睡眠は必要としないように身体を少しばかり整えさせて貰うよ。
なーに心配はいらないさ。
感情はそのまま残るし、ロボットになるってことでもないんだから。
寿命が尽きる直前までパトロールをしてくれれば結構。」


彼は遠い昔の記憶を思い出していた。
今日が何年の何月何日で自分が何歳なのかさえわからない。
モニターにうっすらと映る彼の顔には年輪のような皺が深く刻まれていた。


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