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アファンタジアの私にはイメージ・トレーニングが分からない
アファンタジアにとっての大いなる謎は、イメージ・トレーニングじゃないかな?
どうしたって、よく分からない。意味はわかるし、やり方は何度もきいている。けど、絶対、できない。
効果抜群な方法だと知ってるだけに、アファンタジアは決して使えない方法、ってことが残念。試してみたいし、試してみたけど、全くできないことだけは分かった。
代替の方法はあるかもしれないけど。
「昼間の感謝の記憶も、夜にリアルに思い出すほうが、幸福度も高く感情をじっくり味わえる。感謝の感覚も、幸福度も増幅しさえする」
だなんて表記を見つけると、ちょっと、いや、かなり羨ましい。
「幸福感を取り戻すには、真っ暗闇の音のない部屋で、人生で1番幸せな記憶を思い出しリアルに味わう」
というのもどこかで紹介されてた。
きっと、そうだろうなぁ。理解はできる。
でも、まぁ、アファンタジアとしては、できないこと。
「過去の幸せ」を思いだせたとしても、真っ暗闇のなかでは、真っ暗闇のまま。音もなく、記憶はモノローグ。これで幸せに浸れるかは、謎。
眠っちゃうね。きっと。
目を開けても開いても真っ暗闇なら。寝る。そこが床であっても。
それに「幸せな記憶」っていってもね。アファンタジアの私にとっては、今が1番幸せ(記憶を思い出さないから)。
「幸せな記憶」「楽しかった記憶」なんていう漠然としたものだと、脳裡から記憶を引き出すことは難しいみたい。
「女子校での修学旅行」とか(若干楽しいこともあった)、「油絵を描いていたこと」とか(描くのは好きだった)、限定すれば遠い記憶のなかの幸せでも思い出せるとは思うけど。
「幸せな記憶」って、私には猛烈に漠然として感じるんだな、って、改めて認識した。
試したくても試せないこと、って、多感覚アファンタジアの私にはたくさんある。
その最たるものが、イメージ・トレーニングかもしれない。
見出し画像はPixAIで生成。