中東アニメ訪問記①〜ヨルダン:アラブ随一の漫画書店と、アニメを通じた中東和平の可能性
2016年8月16日、中東ヨルダンの首都アンマンにて。
丘々をびっしりと埋め尽くす土色の四角い建物群。無数に開いた真っ黒な窓。 コンピュータシミュレーションで作られたフラクタル構造のようにも思える、幾何学的な砂漠の街の姿。 その足下のダウンタウンで、私はヨルダン最大のオンラインアニメファンクラブ「Anime Lovers in Jordan」のリーダー、Modarさんと会った。
私の泊まるアンマンの安宿「Boutique Hotel Amman」まで迎えに来てくれたModarさんの車で、同国唯一の漫画書店「WIDE:SCREEN」に向かう車中、ヨルダンという国、またそこでのアニメ事情について聞いた。
「ヨルダンは、中東の中では比較的自由な国だ。中東で唯一石油の取れない国だから、その分技術革新を進め、オープンな国にする必要があったんだ。 検閲も他の国に比べて緩い。だから、サウジアラビアやUAEから、ヨルダンの書店にわざわざ望みの漫画を買いにくる人もいる」
Modarさんは言う。
「とはいっても、ヨルダンの人々はまだ保守的だ。新しいものーーそれはアニメを含むのだけどーーに対して、アレルギーを持っている。けれど僕は、アニメがそうした新しいものへの窓口であって欲しい」
「自分達は、アニメを愛しているということで、もしかしたら社会から攻撃を受けることがあるかもしれない。攻撃されてからでは遅いんだ。だから今、自分達は正しいことをしているのだと胸を張って言えるように、戦略的に、日本文化紹介の放映会などだけでなく、チャリティー活動などを行っている。自分達は正しいものを愛しているのだと、示すためにね」
ヨルダンのオンラインアニメクラブ「Anime Lovers in Jordan(以下ALJ)」は、Facebook上での非公開のグループだ。
(非公開なのは、そこに加盟していることで、メンバーが周囲から攻撃されるのを防ぐため。オープンとはいっても、アニメにはまだ偏見がある。)
登録者は、2016年9月現在、約4500人に上る。 ヨルダンの人々は、日常生活で使うのはアラビア語だが、英語を流暢に操り、ALJ上での会話も、主に英語で行われる。
公式ページには、団体の目指すゴールも書かれている。
Modarさん自身は、元々このグループのメンバーの一人だったのが、段々と、ただ楽しむだけでなく、他のファンがオタクライフをヨルダンでより楽しめる環境を構築したいとの思いを持つようになり、運営に回ったという。 現在この団体の運営は、Modarさんともう一人の女性Mahaさんが担っている。
「自分達の今の一番のチャレンジは、ヨルダンでのアニメイベントをより大きくすることだ」
そうModarさんは語る。
「ヨルダンではこれまで8回のアニメイベントを開いてきたが、それは全てファンの集まりに過ぎなかった。今年が初めての、正式なAnime Conventionの開催となる」
400人が参加したという昨年のイベントの写真を見せながら、Modarさんは続けた。
「自分達はなぜアニメイベントを開くのか。開かなければならないのか。それは、自分達がここにいることを示すためだ。オンラインで好きなアニメについて語ったり、情報を交換するだけではいけない。ファンがひとつの場所に集まり、そこで存在感と、市場の可能性を示すことで、日本の企業や、ヨルダン社会に、自分達の存在をアピールする。そうして、日本からの物流を呼び込み、社会に受け入れられることを目指しているんだ」
熱の籠った口調で語るModarさん。
私達が普段何気なく愛するアニメというものを、ここまでの決意でもって愛する人達がいることに、私はひどく心を打たれた。
「あなたにも、是非来て欲しい」
一週間後の8月25日に開催されるConventionのゲストチケットを、Modarさんに渡されて、私は一瞬なんと言おうか迷ってしまった。
実は今回私が中東を訪れることにした理由は、なんと同じ8月25日に、隣国イスラエルで開かれるアニメイベントで講演会をするためだった(イスラエルサイドでの経験については、また後程ポストする。)
しかしヨルダンは、パレスチナからの避難民の方々が多く暮らす国で、他のアラブ圏同様反イスラエル感情が強い。
そこで、「イスラエルのアニメイベントに行くから、こちらのイベントには参加出来ない」などと言うことが躊躇われたのだ。
かといって、日本に帰るから、などという嘘もつきたくなかった。
結局私は正直なことを告げた。
「この後、イスラエルのアニメイベントに行かないといけないの」
こういうことを言うのが、この国の人達にどう思われるのか、分からないのだけど、と私は続けた。
「もしも気分を害してしまったらごめんなさい」
Modarさんはフロントガラスの向こうを見たままだった。
丁度アンマンの街の向こうに沈む夕陽が見えていた。
空は赤く、新市街に続く道路は美しかった。
「自分の母親もパレスチナ出身だ」
そう言うModarさんの声は、しかし落ち着いていた。
私のために、つとめて明るく言ってくれたのかもしれなかった。
「確かに、両国の関係はあまり好ましいものではない、自分も、あまり隣国を好きにはなれない。それは仕方の無いことだ」
車は緩やかに右にカーブしたハイウェイを登ってゆく。右手に見えるホテルを指して、あれが今度のコンベンションの会場だ、立派なホテルだろう?と言って、Modarさんはハンドルを握り直した。
「分かっている。悪いのは個々のイスラエルの人々ではない。イスラエルの政府だ。それを言うなら、僕はヨルダンの政府も、パレスチナ自治政府も、Politicsのあり方は全部嫌いだ」
イスラエルのアニメイベントには、何人が参加するの?と聞かれて、私は、3000人から4000人、と、友人から得ていた情報を告げた。 Modarさんは、それは凄い、と私の目をちらりと見て、言った。
「一般的に言ってイスラエルのことは好きになれない。でも、そのアニメイベントに来る人達のことは、好きになれる気がする」
……
アンマン旧市街から車で30分ほど。 同国唯一の漫画書店「WIDE:SCREEN」は、JICAのオフィスの真下に位置し、JICAの活動で日本語を教わる現地のアニメファン達が多く来店する。
本棚には実にバラエティ豊かな漫画の英語版が並んでいた。
やはりBL書籍は見当たらなかったが、唯一、「昨日何食べた?」が置いてあったのでパシャリ。
どのようなタイトルを輸入するかについては、試行錯誤の連続らしい。 輸入経路としては、イギリスやアメリカ経由で現地のライセンシーから輸入しているが、コピーライトの問題で、一回の輸入数に制限がかかっているらしく、 「ONE PUNCH MANなんかは、一回に3冊しか輸入出来ないので、入荷後すぐに売り切れてしまう」とオーナーの方は話していた。
ヨルダンで人気の漫画を聞いてみたところ、やはり王道の「ONE PIECE、NARUTO、そしてDEATH NOTE」との答え。
この書店では、Marvelなどのアメコミも販売しているのだが、やはり客層で言うと、日本の漫画の購入者はティーンエイジャーが多く、ゆえに、「一冊当たりの単価は、ほぼ仕入原価に等しく、マージンはあまり取っていない。学生達が、一冊だけでなく、継続的に購入出来るようにしたいと思っているからだ」とオーナーは話す。
(参考までに、普通の漫画の単行本一冊の値段が9JD~11JDだったので、日本円換算で大体1500円である。)
漫画書店から旧市街へ帰る途中、Modarさんが私を伝統的なアラブ料理レストランへつれて行ってくれた。
アラブ風サラダや、レンズ豆のスープ、壷でトマトと煮込んだ羊肉を壷を叩き割ってそのまま皿に盛る豪快な料理、チーズのフライ、ラバンという塩っぽい飲むヨーグルト。どれもおいしい。(アラブ料理の特徴として、全体的にちょっぴし塩っぽかったけど。)
さらに旧市街にある有名な昔ながらのスイーツ屋さんで、ヨルダンスイーツもいただいてしまった。
ボトルの水まで買ってくれたModarさんに、ホテルまで送ってもらってしまい、恐縮するばかりの私に、彼は言った。 「アラブには客人をもてなす伝統がある。訪れた客人は、40日の間もてなし、彼を襲う全ての害悪から守り抜く義務がある。そして40日の後には、客人は家族となり、相互に守り合う関係になるんだ」
たった一日の会談。
私は一方的にModarさんにもてなされてしまったわけだが、近い未来、私自身もまた、家族の一員として、ヨルダンのアニメファンの人達を守り、支えるような役割を果たせたらと、この時思った。
(また別のポストでの話になるが、実は、この後イスラエルを訪れた際にずっと私を泊めてもてなしてくれた現地のアニメファンの友人達にも、似たことを言われた。客人をもてなすのが、ユダヤの伝統なのだと。)
私は今、世界中のアニメイベントが加盟する国際団体の手伝いをしている。 今年四月、ドバイのアニメイベントに参加した際、200名を超える参加者へのインタビュー調査を行った。彼等がどこの国出身なのかを聞くと、アフリカやアジア、中東。様々な国籍の人々が、アニメを軸に、一同に会していた。
どんな人種・宗教の人も、同じアニメを愛する限り、自由に集まれるイベントが、いつか中東で開かれればいいと思う。
ヨルダン・イスラエル・パレスチナ合同でのアニメイベントの開催が、いつの日か、実現して欲しいと思う。
アニメで、政治的に引き起こされる戦争を止めることは出来ない。
けれど、人々の憎しみから生まれる争いを、アニメはなくしてゆくことができるんじゃないかって、結構本気で私は信じてるんだ。
★追記: ①ALJのアニメイベントの開催結果について 2016年8月25日、今年で9回目を迎えるヨルダンのアニメイベント「ALJ Anime Con」は、ついに参加者1000人を突破した。これは昨年の記録、400人を大幅に上回るものである。 同国初のコスプレ大会や、アニメグッズの販売も行われた。 私が訪れた漫画書店、WIDE:SCREENも漫画の特別販売を行ったようである。 また、ここで売られるポスターなどは、輸入出来る環境に無いため、全て自分達で印刷しているという。
運営予算は一人当たり参加費5JD×400(人)=2000JD=約300,000円。
グループを運営するModarさんとMahaさん二人の私費によってまかなわれ、非営利のため、チケット代金は、昨年度と同数の参加者400人があってようやく元がとれるギリギリのラインへ落としてあったが、黒字に終わることが出来たようである。来年度の更なる拡大開催が期待される。
イベントHP→
https://www.facebook.com/events/
参加者の一人が作ったイベントの模様のスライドショー→ https://www.youtube.com/watch?v=x9zu6d2VJqI
②ヨルダンのアニメクラブについて
ヨルダンにはアニメクラブを持つ大学は元々なかった。 ただ、このオンライングループ「Anime Lovers in Jordan(ALJ)」が、メンバーに向けて、大学生か社会人か、どこの学校に所属しているか、などのグループ内アンケートを行ったところ、断トツでJordan University of Science and Technology (通称JUST)の学生が多かったことから、ALJから派生する形で、Japan and Anime Club JUSTが同大学に出来、多くのメンバーが在籍している。 どこの国でも、理工学系の大学にアニメオタクが多い傾向にあるのは面白い。 これを受けて、現在Jordan Universityでも、アニメクラブ設立の動きがあるらしい。
JUSTアニメクラブグループページ→ https://www.facebook.com/JAC.JUST/?fref=ts
③店舗情報 ヨルダン唯一の漫画書店「WIDE SCREEN」 Amman, Sweifieh, Al Yanbouh Center, next to Bank Audi & iSystem Amman 11953 Facebook Page→ https://www.facebook.com/sixteen2nine/