クリエーター藤本裕美さんの”夢を形にするチカラ”とは?──
『刺しゅうでお直し』という書籍をご存じでしょうか? 2019年9月に初版が発売になったあと、あれよあれよという間に版を重ねて現在は5刷り。その後も『図案のいらない可愛い刺しゅう』『フレンチシックなサイズとダメージのお直し』など、次々に書籍を出版している今注目の人が、今回お話をお聞きした藤本裕美さんです。
ある日のこと、読売新聞の広告に『刺しゅうでお直し』のタイトルを見つけたとき、とても印象に残ったのを記憶しています。その直後に何気なく聞いていたFM放送で、この本のことが再び紹介されました。「フランスに長く暮らしていた方が作っている刺繍の本ですが、その内容がとても可愛いんですよ」と。軽い音楽が中心の番組でしたが、ラジオの中で手芸を扱う実用書の紹介はとても新鮮で、実用書の中にも違う雰囲気のある本なのかもしれないと、早速書店に出かけてみました。すると手芸本のコーナーの中に平積み状態で、とても目立つ位置に置かれているではありませんか。
パラパラとページを開くと、可愛くて印象的な写真が次々に現れます。
気分転換に出かけた海外旅行が思わぬ転機に!
藤本裕美さんが、刺繍をメインにした仕事をするようになったのは、たまたま出かけた海外旅行がきっかけでした。当時銀行に勤めて3年が経っていましたが、友人が旅行先に選んだのがフランス。誘われるようにして、パリの街を歩くことになります。1週間のパリ滞在中に出した結論は「パリに住んでパリで働く!」。思わぬ展開になりましたが、その時に出会ったパリで働く日本人が生き生きとして、「本当に素敵に見えたんです」
パリに暮らしたいと思う人はいても、それを実行する人はごくわずか。藤本さんはその後、銀行を退職して、「名古屋モード学園」という専門学校に入学します。そして4年で終了するコースを3年で終え、その後1年間をパリに留学させてもらえる仕組みを利用して、最初の夢だった「パリで暮らす」ことを実行に移します。次なる目標は、専攻していたパタンナーの仕事を深めるために、オートクチュールのメゾンで働くこと。留学中の専門学校での卒業試験で、たまたま訪れていたメゾンの関係者を紹介され、それがジバンシーでパタンナーアシスタントとして働くきっかけになるのです。
そして、このメゾンで初めて触れた刺繍の世界。和服の中の日本刺繍が重要な存在のように、オートクチュールの世界に刺繍は欠かせないものであることを、さらに学んでいきます。細分化された手仕事が、フランスではとても大切に扱われ、技術の高い職人が尊敬の眼差しで見られていることを、とてもうらやましく感じた日々でもありました。
夢を形にするために心に誓ったこととは?
思い描いていたことが次々に形になっていく──。藤本さんのお話を聞いていると、なぜそんなことが可能なんだろうと思わずにはいられません。目標を持つこと。イメージを明確にすること。この2つは夢を形にする最良の方法だとよく言われますが「パリでファッションの仕事に携わる」という夢を、より具体的に落とし込んでいくところが藤本さん流。例えば「デザイナーのメゾンでパタンナーとして働く」とか、「自分の服がパリコレのランウェイを歩く」とか。こうして29歳から39歳までの11年間をパリで暮らし続けた藤本さん。最初のうちは右も左もわからずに、「スーパーに行ってもツナ缶1つ買うのに、1時間ほどあれこれ見比べて、挙句の果てに違う缶詰を買っていました」
収入を得る手段がなくて困り果てているときに、縫子のアルバイトを探していると声がかかり、ようやく一息付けたことも。そんな懐かしい日々を胸に帰国してからは、さてどんな出会いが待ち受けていたのでしょう。
フランスから帰国してしばらく経ったある日、雑誌の手作りページでの作品掲載を依頼されます。これもフランスで知り合った編集者の方からのお話。そのころ、布花の可愛らしさに目覚め、まったく独学でコサージュを作り始めていましたが、これが『普段使いが可愛い小さな布花コサージュ』という最初の著者本につながっていきます。2019年には冒頭で触れた『刺しゅうでお直し』を出版。ダーニングとはひと味違う、虫食いや傷を刺繍の技法だけで可愛らしく変身させてしまう方法と、それがとても簡単にできることが、多くの手作りファンの心をつかみます。
小さな頃から洋服が大好きだったという藤本さん。「好きなものをできる限りそばに置いておきたいと考えると、お直しがとても重要な手仕事になるはずです。それも決して難しくない技法で」
服を大切に着たいという思いで手を動かすこと。ここがきっかけになり、お直しした小さな刺繍から広がる世界が、次につながるとすればどんなものが生まれてくるのでしょうか。これからの藤本さんの歩みから、目が離せなくなりそうです。