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「波の花」~波の花が舞う、旅立ちの朝~掌の小説➁

 羽越本線の下り電車を私と母は待っていた。
普段から口数の少ない母は「東京に着いだら電話けれなぁ」と言ったきり、押し黙っていた。ホームから冬の日本海が見えた。

 地元の高校を卒業して、私は首都圏に就職が決まっていた。前日まで降り続いた雪も止み、象潟町を離れる日は快晴だった。遠くから聞こえる潮騒に、ふと耳を澄ましていた。

 しばらくして、電車の到着を知らせるアナウンスが流れた。早朝のせいか、降りる人はわずかだった。発車のベルに驚いたように、「電車の中で食べれ」と、新聞紙で包んだ弁当箱を手渡してくれた。ドアが閉まり、ゆっくりと電車が動き出した。母は私を見たまま、何度も頷いていた。

 高校生活の3年間を、母は休むことなく弁当を作ってくれた。照れもあったのだろう。私は感謝の気持ちを一度も伝えてはいなかったのだ。急いで電車の窓を開け、母の姿を探した。ホームに、いつまでも電車を見送る小さな人影が見えた。線路に沿った国道に、季節外れの波の花が舞っていた。



「波の花」は、冬の日本海を彩る美しい自然現象です。「波の花」をラストシーンで選んだのは、私自身もよく分かりません。ただ、私が小説で追い求めているテーマ「生きる悲しみ」を象徴しているのかもしれません。