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パセミヤ的フレーバーの可能性

現代の料理には、いくつかの重要な課題があります。前提として糖質、油脂分、塩分を抑える必要があり、これは料理について考える際の大きなチャレンジとなっています。同時に、環境への配慮も欠かせません。生態系に配慮した生産方法、効率的な物流システム、そして負荷の少ない消費パターンを確立する必要があります。

しかし、これらの課題に取り組みながらも、料理が希求する「美味しさ」と「楽しさ」を失ってはなりません。むしろ、新しい味わいの可能性を探り、受け継がれてきた料理文化を大切にしながら、現代の課題を引き受ける古くて新しい料理を見出していく必要があります。その中でも、スパイスやハーブがもたらすフレーバーの広がりは、私たちの料理の可能性を大きく拡張してくれるものだと考えています。例えば、普段何気なく使っている野菜や魚介類、肉類も、スパイスとの組み合わせによって、思いもよらない味わいの側面を見せてくれます。身近な素材の新たな可能性を引き出すことで、料理の世界はより豊かになっていくのです。

スパイスいろいろ

2019年からスパイスを使った料理、特に南インド料理をベースにワインを飲む方向けの料理を作っています。パセミヤのInstagramのアップなどを見てあいつまた変なこと始めたなと思われてた方多いのでは。最初は関東で食べたuttappam(インド版お好み焼き)に魅せられ、自分でも作ってみたくなったのがきっかけでした。業務用サイズでスパイスを仕入れ始めると、あれもこれもと試作するようになり、どんどんのめり込んでいきました。

南インドの定番のミーンモイリーとチキンウプカリ

フランス料理店、イタリア料理店でサービスとして働いていた経験から、南インド料理のスパイス使いには以前から興味がありました。中東やペルシアなどの料理も同様に好きです。料理について書かれた本を読むのは昔から好きで中尾佐助や宮本常一などレシピ本以外の割合の方が多いかもしれません。特に江原恵など、エンテツさんを通じて知った1600年代の「料理物語」には大きな影響を受けました。

料理は「手わざの文化で、想像力の問題でもある」と江原さんは書いていましたが、実際に手を動かしてみると、料理物語の料理も、南インドの料理も、レバントの料理も構造がシンプルな分驚くほど発想が似ています。そして近代に入ると陸をまたぎ海を超え色んな国のいろんな地域が相互に影響を与えあい、混淆していきます。どこの国の料理かわからなくなるくらいに。トマトや唐辛子がない料理を想像するのが難しいのはインドやイタリアだけではないですし、原産地を調べるとヒトの移動、交易、伝播がわかって、こうやっていのちを紡いできたんだなと歴史のダイナミズムに感動を覚えます。必ずしも平和で公平な手段だけではないことから目を背けてはいけません。

私が知りたいのは、料理の文法とも呼べる基本構造です。世界の料理を系統的に分類できるのではないかと考えています。今福龍太さんが「世界料理宣言」で指摘するように、料理を国で分類するのはある種のフィクションかもしれません。むしろ、自然を分節し、加工し、組み合わせて食べられる形に変える操作としての料理には、地域を超えた共通の構造があるように思えます。受け継がれてきた料理文化の中には、食材をどのように切り分け、どう変形させ、いかに組み合わせるかという知恵が詰まっています。その過程を学ぶことで、私たちは世界中の人々が自然をどのように理解し、どのように料理という形に変換してきたのかを知ることができるのです。

スパイスやハーブは、料理に新しい次元のフレーバーを加えます。面白いのは、これらの風味の感じ方が人によって大きく異なることです。この個人差こそが、料理の楽しさを広げる要素となっています。風味知覚の仕組みについては、また機会を改めて書いてみたいと思います。

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中川善夫(パセミヤ)
自然派ワインとお好み焼きパセミヤ Pasania店主。某店ワインペアリングのアドバイザー、たまに専門学校の社会人向け開業支援クラスの講師も。ご予約、取材依頼、講師などのお仕事の依頼お待ちしております。