育児戦争/家政夫と一緒。~その6~
Interlude:神の意思
────初夏。
冬木に来て、初めての夏。
遠坂邸のリビングに騒がしい声が響き渡る。
「さくらをはなすのっ!!
このすけべ、ろりこんおやじー!」
「く────その程度で私の拘束から逃れられるとでも、凛」
「ひぅ⋯⋯ねえさぁん、このひとこわいですよ⋯⋯」
二人の少女を膝に乗せる、長身の偉丈夫。
未だ年若いにも関わらず、奇妙な威圧感を持つ男。
────教会の代行者、事峰綺礼。
彼は遠坂の内弟子であり、形式上は凛の兄弟子に当たる。
「師父は仰った。
君が苦難に打ち勝てるよう鍛えよ、と。
さあ私を憎み、大切なものを守る力をつけるがいい」
「にゃー!」
ゴキッ!
右斜め下より撃ち込まれた理想的な角度での掌底が、事峰の顎を回転させる。
「────む⋯⋯う?」
「いまよ、さくらっ!にげるの!」
「う⋯⋯ねえさんのこしていけませんよぅ……」
「さくら⋯⋯こうなったらっ!
げぼくしょうかん!
やっちゃえあーちゃー!」
「たわけ、私はロデムか」
そんなじゃれあいを生暖かく見守っていたアーチャーは、頃合いとみて三人に声をかけた。
「言峰綺礼、家事は片付いたのでもう大丈夫だ。
子守助かった、礼を言う」
「う⋯⋯む。
くく、鋭い掌打だった。師も喜んでいるだろう。
用件も済んだ、邪魔者は帰るとしよう」
「かえれっかえれっ!
しおまくのあーちゃー!」
桜を守るように背中に庇い、犬を追い払うようにしっしと手を振る凛。
遠坂の師弟関係は想像以上に荒んでいるようである。
「────随分と馴染んでいるようだな、遠坂のサーヴァント」
遠坂邸、玄関口。
外に出た言峰は唐突に言った。
「⋯⋯私が暴れだすのではないかと。確認しに来たのか、代行者よ」
目を細め、事峰を睥睨するアーチャー。
その表情は凛と桜の前では決して見せない、冷徹な────サーヴァントのもの。
事峰綺礼は聖杯戦争監督役、事峰璃正の息子。中立を守るものだ。
『召喚されたサーヴァント』がいる魔術師の陣地に来ることには、特別な意味が伴う。
「そう警戒するな。
サーヴァント⋯⋯いや、『アーチャー』と呼ぶべきか?」
「⋯⋯」
「これほどのイレギュラーだ。璃正神父とて困惑している。
なにしろ、聖杯が満ちるはずの一年も前に────サーヴァントが現界したのだから」
肩をすくめ、皮肉げに笑う事峰。
その困惑はアーチャー自身にも思うところがある。
凛と桜は『ブラウニー』としてアーチャーを召喚したと思っているようだが、これはれっきとした『サーヴァント召喚』だ。
冬木のサーヴァント召喚システムに則った、正式な召喚契約である。その証拠に、二人の手には分かたれた『令呪』が宿っている。
人理の守り手、ゴーストライナー、強大な力を持つ英雄────『サーヴァント』。
人間などたやすく葬りさる圧倒的な暴威を律する為の、三画の絶対命令権である。
その徴は『聖杯戦争』────魔術師同士の殺し合いへの参加を定められた、マスターである証だ。
⋯⋯何故聖杯はこのような幼子たちを選んだのか。
そして、何故聖杯としての力が満ちる前に、アーチャーだけを呼んだのか。二人の幼子が令呪を分け合うという、例外的なマスターである事もそうだ。
あまりにも────例外が過ぎる。
「実力行使でイレギュラーを潰しに来た。そんな可能性も考えていたがね」
「く────子守を任せて何を言う。
そんな気がないのは察していたろう、弓兵よ。
これでも私は聖職者だ。天の意に逆らうような真似はしない」
「ならば────何のために来た」
「⋯⋯興味本位、と言ったら。
信じてもらえるか」
ふと遠い目になり。
アーチャーではない誰かを見るように、視線を彷徨わせる事峰。
「────神の試練を、その意思を。
確かめる機会を得た妹弟子の様子を⋯⋯確認しに来ただけだ」
何故か。
自嘲めいた笑みを浮かべて、そう呟く。
「────?」
「⋯⋯それだけだ、アーチャーのサーヴァント。
何かあれば聞きに来るがいい、邪魔をした」
そういうと、踵を返して歩き出す言峰。
振り返ることなく、正門から出て行ってしまった。
「⋯⋯神の意思、ね」
遠い冬木の山々を見上げる。
このイレギュラーが、何を意味するのかいまだに分からない。
年端もいかない子供たちをマスターに据えるという、聖杯の意志。
そんな彼女たちを守るため呼ばれた者が───守護者(虐殺者)という皮肉。
『私が、子供を守る────か』
自嘲に口元を歪める。
それに相応しい聖騎士ならば、英霊の座には幾らでもいるだろうに。
「あーちゃーどうしたの?」
「あーちゃーさあん」
玄関から顔を出す幼い姉妹。
アーチャーの顔を見た二人は眉をしかめる。
「またみけんにしわよせてる~」
「あの、あーちゃーさん、だいじょうぶですか?」
「まー、いんきくさい、あいつといっしょにいたらしょーがないよね!
わたしもみけんにしわよっちゃう!」
「────ク」
思わず口元が綻んでしまう。
詮無いことを思い悩んでいたと、苦笑ひとつで吹き払う。
聖杯────神の意思になど。
期待をしていないだろう、お前は。
「よし、昼ごはんにしようか。
こういう時はおいしいものを食べるに限る」
「うん!」
「えへへ、おなかすきました!」
────Interlude out