育児戦争/家政夫と一緒。~2の5~
経験
階上から逃げ出してくる集団を霊体化することによって突き抜けると、アーチャーは6階────レストランフロアにたどり着いた。
「む⋯⋯」
レストランフロアはひどい惨状であった。
ひざを抱えて苦しそうにうめく子供の姿。あわてて階下へと駆け下りようとしてエスカレーターに殺到し、ドミノ倒しになってしまった人々。
爆発の衝撃で火を上げる厨房。天井を覆う煙。
アーチャーの予想では爆心地はこの階上だが、この惨状を放置するわけには行かなかった。
────構造把握:レストランフロア全域。
状況:衝撃による店内ディスプレイへのダメージの為、火災の発生している店内に閉じ込められた客、推定20以上。
優先順位:店内の客の救助。二次災害発生の食い止め。
「⋯⋯よし」
二次災害を防ぐために、火災の発生している店内に閉じ込められている人たちの救出に向かうことにする。
爆心地の直下なのか、天井が崩れ、ディスプレイが壊れ、入り口が拉げ、塞がれている店舗。その内に多数の人間の気配。
壁を必死でたたき救助を求めている。その中で火災の発生している店舗2。合計4。いちいち壊していたら埒が明かない。
「────店内のみなさん!消防です!
これから救助に向かいますので壁際から離れてください!」
大声で呼びかけると壁向こうにいる人々の気配が変わる。
次々と離れてゆく人の気配。
周囲に視線をやり、まともにこちらを見ている視線が無いことを確かめると、アーチャーは自身の精神世界へ埋没する。
「────体は、剣で出来ている(I am the bone of my sword)────」
アーチャーの周囲に生まれる歪み、世界への違和感。
自身の心象世界の表出。
固有結界”無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)”だ。
が、これは完全な起動というよりも普段行っている投影の強化版といったほうが近い。
心象世界から引き出され、現れる12本の剣。
現れた剣すべてのコントロールを誤ることなく、アーチャーは3本づつの”矢”を四箇所の壁に投擲する。
ドガアッ!
通路に面し、封印されていた店舗の壁が残らず消し飛ぶ。
”矢”は役目を終えると世界と同化するように砕けて消えた。
雪崩打って出てくる客たちに、慌てず騒がないように指示を行い、階段のほうへ誘導する。政治家顔負けの巧みな話術である。
状況の陰惨さで慌てふためく客の心をパニックで満たさないようにゆっくりと説得し、時に実力に訴え、誘導し終えると、アーチャーは火事で怪我をした客たちの救出に向かう。
店内で苦しみうめく人々の怪我の具合を、熟練の野戦医顔負けの素早い診断で測っていくと、己が家族の為残った人々に指示を出し、カーテン等でタンカを作り階下へと運ばせる。
あまりの手際にアーチャーを消防ではないなどと疑う人間もいない。
残った有志は彼の指示の下てきぱきと動き始める。
火の手を壊し消しとめ、一通り応急処置を終えると、次はドミノ倒しになった人々の救助だ。
状態を診断し、動かせる人と動かせない人を図るとエスカレーターの一部を破壊し、倒れた人々の救出にかかる。
階下が家庭用品、寝具フロアだったのが幸いして救助用の道具なら事欠かなかった。
けが人をやわらかい布を敷いた場所に横たえると簡単な応急処置を行い、本格的な処置は後から来る消防隊員や警備員たちに任せることにする。
「⋯⋯しかし⋯⋯」
ここまでかかった時間は約一時間。
消防が来ない。休日渋滞もあり遅れているのだろうが、こうしている間にも傷を悪化させる者は増えていく。
所詮自分は医者ではないし、出来ることは死ぬ人々を増やさないことだけだ。
その為に出来ることをするしかないとはいえ、苦しみあえぐ人々一人一人に救いの手を差し伸べられない己には歯噛みする思いだった。
「⋯⋯考えるな」
後はフロア自体に取り残された人がいないかの確認だ。
火災発生源の処置を終えたとはいえ、いつまた二時災害が起こるか知れたものではない。
これ以上苦しむ人を増やすわけには行かない。まだ上のフロアもある。
壊れたエスカレーターを一跳躍で登るとレストランフロアを見て回る。
フロアの奥は従業員控え室だ。
爆心地はレストランフロアの直上。このあたりは被害が少ないとはいえ怪我人がいないとも限らない。
「だれかいないかー!」
大声を張り上げながら”構造把握”を行う。
構造把握は透視(クレアボヤンス)の類ではない。
これは彼が最初に学んだ魔術、物体に魔力を通し、構造を把握し、脳内に設計図を組み立てる魔術のアレンジだ。
衛宮士郎とは比較にならない規模でこの魔術を行使出来るアーチャーは、より大きな物体────例えば建物────の構造を読み取れるが、それだけでは精緻な状況分析は行えない。
音、匂い、振動、目視情報、事前情報など、ありとあらゆる情報を一瞬で組み立て”設計する”
優れた俯瞰視野こそが”構造把握”という魔術だ。
戦場において恐れられた彼の力、”心眼”の一端を形成する能力のひとつで、それは自身の莫大な経験から研鑽し生み出した”技能”だ。
アーチャーは進むたびに新しく得られる知識を”構造把握”に吸収していく。
その中に違和感、かすかな音。
それはフロアの一角に二つの小さな影を描く。
角の先、観葉植物の鉢植えの横で────。
赤毛の少年が、少女の足に板を巻きつけ応急手当をしていた。
家政夫と一緒編第二部その5。
救助活動。
数え切れないほどの修羅場をくぐってきたアーチャーが行う救出の手際は非凡なものではあったが、彼は救う手段を戦いの”抑止”に求めてきた者だった。
そうしたとき、医者として人を救う手立てを持たない自身に力不足を感じてしまう。
選んだ道とはいえ痛む心を抑えられない。
そんな時。
目の前に現れた少年は、彼と同じように誰かを救おうとしていた。