育児戦争/家政夫と一緒。~2の11~
Interlude1-3:どうすれば届くの?
サアアアアアアア⋯⋯。
「んに⋯⋯」
寝ぼけ眼の目をこすって、私は布団から這い出す。
ぼやける視界に捉えた窓の外の空は、一面の灰色に雨のシャワー。
降り止まない秋雨に憂鬱になりながらも、目覚まし時計に目をやる。
────朝の7時。
「んんん⋯⋯」
頭が痛い。目がぼやける。
朝に弱い私は起き抜けはいつもこうで、そのせいかなーんとなく不機嫌。
アーチャーにいったら「難儀な体質だ、同情する」とか言われて、すごく怒った覚えがある。
ふんだ、別にいいもん。
私の体はそれこそ美人、頭いい、将来有望(胸とか?うふふ)となんでも持ち合わせてるんだから、このくらいのハンデはあってもバチはあたらない。
そんなことを考えているうちにだんだん目が覚めてきて、おトイレいきたくなってることに気がついた。
「んしょ」
ベッドわきにおいてあるネコさんスリッパを履いて私は部屋から出る。
うちのおトイレは一階にあって、使うときは階段を下りなきゃいけないの。
以前父さんに「おといれ2かいにもつくってください」と頼んだことがあったんだけど、財は無限に湧くものではないとか、手放さなければ得ることはできない、等価交換だとか、いつもの仏頂面で優雅?に逃げられた。
プールはあるくせに変なところで不便なんだもんこのおうち⋯⋯。
ぎしぎしぎし。
古い板張りの階段が音を立てる。
『────あ。アーチャーもうご飯とか作ってるのかな?』
なんとなく浮かんだそれは、朝が弱くて起きられない私には未知の風景だ。
アーチャーは朝ごはんにも結構こったものを作るときがあって、一体いつから仕込みをはじめているのか、という疑問は最近お料理の楽しさに目覚めた私にとって興味の種だった。
おトイレを手早く済ますと台所に潜入開始。
アーチャーいるかな?
「⋯⋯あれ?」
台所はがらんとしたまま。人の気配はない。
「まだしこみはじめてないのかな⋯⋯?」
そういえば⋯⋯。
以前アーチャーが言ってたことだけどサーヴァントは眠らない、らしい。
正確には魔力の消耗を押さえる目的以外、眠る必要はないらしい。
それって辛くないのかな、とか思ったんだけど『既に霊体の身で身体的な休息を必要としない以上、眠る行為には生前の慣習をトレースする以上の意味合いはない』とか諭されたっけ。
だとするとアーチャーも寝る気がなければ眠ってないってことだから、居間辺りで本読んでたりするのかな?
寝てたら寝てたでいたずらしちゃおう。うふふ⋯⋯。
そうして居間に足を運んでみたけれど、アーチャーはそこにもいない。
朝からお洗濯かな?とか思ってみたけど、玄関外で傘を差したところで雨の日にお洗濯するはずがない、と気づく。
念のため見たお庭の物干しの所にも居なくって。
どこにも、アーチャーの姿はなかった。
────あれ?
なんだか、嫌な、感じ。
霊体になってるだけなのかもしれないよ?
私の知らないとこがこのおうちにあって、そこにいるのかもしれないよ?
裏山の薬草とか取りに言ってるのかもしれないよ?
そんな、かもとか、しれないとか次々に浮かんでくるけど、それは重ねれば重ねるほど私を不安な気持ちに追い込んでいく。
妙に優しいアーチャー。
何処を探してもいないアーチャー。
変な、夢。
その不安は、地震の夜。
私たちの手を振り払った、アーチャーの姿に繋がった。
────いつか、いなくなる。
ザシッ。
木の上に何か重いものが乗っかるような、そんな音がして。
私はとっさに物陰に隠れた。
あれ、あれ? なんで私隠れたんだろ?
自分の行動意図すらつかめず、物音のしたほうに視線をやる。
パシャ。
水溜りを踏み、地面に降り立つ赤い影────アーチャーだった。
「────え?」
こんな時間に外に出て、何を?
そ、それよりも、アーチャーは一晩中気を張っていたんじゃないかというような、厳しい顔をしていて⋯⋯。
まるで私たちの知らない、怖い人、みたいだった。
「や⋯⋯やだ」
⋯⋯そんな、いやな感じ方、いやだ!
頭に浮かんだその思いを否定するように、私は耳に手を当てておうちの中に入った。
駄目だ、あの姿を見たこと、アーチャーに悟られちゃいけない。
私も、あの姿を見たこと忘れなきゃ。
そうしないと────。
音を立てないように、それでも急ぎ足で私は階段を上る。
次々に浮かんでくる不安な思いを否定し続けながらベッドに飛び込む。
そうしないと────。
それでも、必死に否定しても。
最後の一個だけは消えてくれなかった。
アーチャーが、ここからいなくなってしまう。
家政夫と一緒編第二部その11。Interlude1-3。
それでも迫ってくる現実は、容赦がなくて。
どうすればこの不安な気持ちを消せるのか。
────どうすればこの願いが届くのか。私にはわからない。