育児戦争/家政夫と一緒。~その27~
消えない笑顔
────大晦日、遠坂邸にて。
「うにゅ⋯⋯ねむい⋯⋯」
「じょやのかね、もうすぐです⋯⋯」
「そろそろギブアップかね?」
「うー⋯⋯あーちゃーなにかおはなししてー。
じょやのかねまでー⋯⋯」
「ふむ、では除夜の鐘について話してやろうか。
人はその内に捨てがたい、離しがたい感情があり、仏法ではこれを煩悩と呼ぶ。
六根・六塵と呼ばれる人をあらわす体と心の概念に、好、嫌、平の3つの要素をあり、それはあわせると36になる。
人はこの捨てがたい概念をその人生の未来・現在・過去に於いて生じさせ続ける。ゆえに煩悩は108あるとされる。
除夜の鐘とは、仏門における神仏百八尊の加護にあやかり鐘を108鳴らすことによりこの煩悩を⋯⋯」
「むにゃ⋯⋯すぴすぴ⋯⋯」
「くぅくぅ⋯⋯」
「⋯⋯眠ったか。子供がこの時間までおきていられるはずもあるまい。
クク⋯⋯」
無骨な手が二人の頭を優しくなでる。
新年の準備を行おうかと席を立ちかけた、その時。
⋯⋯⋯⋯ごーーん⋯⋯⋯⋯ごーーん⋯⋯⋯⋯。
打ち鳴らされる除夜の鐘。
冬木の町に年越しを知らせる梵鐘の音が、静かに響き渡っていく。
「⋯⋯間が悪いことだ」
子供達を一瞥すると苦笑を浮かべ、椅子に戻るアーチャー。
何としても鐘の音を聞くのだと気張っていた二人の主人の寝顔を見つめる。
とても穏やかで────あどけない寝顔。
「────除夜の鐘、か」
煩悩を払うといわれる除夜の鐘。
古い業を捨て去り、新しい年を迎える為の儀式。
殺業、後悔。雑念だらけの我が身を顧みて、果たしてこの鐘の音で自身の纏う業の幾つが払えるのかと自嘲する。
⋯⋯業深い、何一つ捨てられない愚か者が、彼女たちと共に新年を祝う。
その資格が、自分にはあるのか。
『⋯⋯私は、何をしているのだろうな。
なんの因果か、こんなにも長くここにいる。
戦うことも、殺すこともなく、ここにいる。
⋯⋯私は────私自身(エミヤシロウ)を殺す為に、ここに来たはずだ。
その願いだけが、存在する意義のはずだ』
破滅願望のみが、守護者たるエミヤに残った最後のものだったはず。
だが、不思議と────二人の笑顔が。
必要とされる暖かい意志が。
破滅の望みを消し去っていく。
その笑顔は────とてもまぶしい朝焼けの中。
自分を見送ってくれた、『誰か』の笑顔に、とてもよく似ていて。
『誰か』の笑顔は、何かとても大切な答えを彼に教えてくれていた────そんな気がして。
『あれは────誰の────笑顔だったか────』
「ん⋯⋯うに⋯⋯? あーちゃー⋯⋯?」
「ん⋯⋯?」
「⋯⋯また⋯⋯みけんじわー。
もー⋯⋯」
眠い目をこすり、体を起こす凛。
小さな指でアーチャーの頬をそっと握ると、硬く閉じた仏頂面を笑顔に変える。
「えへへ⋯⋯。
あーちゃーはみけんじわよりね。ずっとそのほうがかっこいいよ。
わたしたちのじまんのさーばんとなんだから」
「⋯⋯⋯⋯」
「だから⋯⋯いつでもかっこよくしててね?」
その一撃は────煩悩を消し去る除夜の鐘よりも。
綺麗に、鮮やかに────詮無き煩悶を消し飛ばした。
「────クッ。
ハハハハハッ!
ああ、いわれるまでもない。
ただし、君たちが粗相をすると私も不細工になってしまう。
ゆえに良い子でいてくれたまえ、我がマスター」
「な、なにそれー! わたしはいつだってねー!」
「うー⋯⋯ねーさんどうしたんですか⋯⋯」
ごーーん⋯⋯⋯⋯ごーーん
「あ⋯⋯じょやのかねなってるじゃない!
なんでおこしてくれないのー!」
「あうーひどいですよう⋯⋯いっしょにきくっていったのに⋯⋯」
「我が家の天使様があまりにも可愛らしいものでな。
つい見入ってしまった」
「⋯⋯う」「⋯⋯あう」
「⋯⋯⋯⋯ああ。
今年もよろしくな、二人とも」
「⋯⋯あ、うんっ!」「はいっ!」