育児戦争/家政夫と一緒。~その32~
Interlude:夢の代価~前編~
グラッ⋯⋯!
部屋の構造物を揺るがす大きな揺れ。
地震だ。震源が近いのか、棚の上の物が揺れに合わせて床に落ちる。
イスやテーブルなどは大きくぐらつき、ひっくり返らんとする勢いだ。
「────!」
居間でくつろいでいたアーチャーは地震を感知すると瞬時に霊体となり、天井を抜け二階へ。
迷いなど一点も無い、子供達の部屋へ。
「────っ」
部屋の中は酷い有様だった。
本はなぎ倒されたように床に散らばり、ベットの天蓋も傾きかけている。
特に酷いのは壁際の調度品で、まるで凶器の如く床に突き立っていた。
「凛、桜!」
彼の脳裏に今まで見てきたありとあらゆる死の光景がフラッシュバックする。
巨大な災害の真っただ中、瓦礫の下敷きとなり死んだ人々の顔。
物言わぬ虚ろな表情が、彼の主人たちの顔に置き換わった時。
大事な人たちを失う痛みが────蘇る。
「⋯⋯っ、り、凛、桜! 返事をしろっ! オレは⋯⋯」
「⋯⋯あー⋯⋯ちゃー?」
パニックになりかけた彼の耳にか細い声が届く。
覗き込んだ机の下に―――いた。
ぶるぶると震える桜を抱きしめて守る、凛の姿。
とっさに机の下に逃げ込んだのだろう、いい判断だった。
安心からか、脱力して床にへたりこむアーチャー。魔力供給路(パス)の感知をすれば良かったものを⋯⋯どうかしていた。
「⋯⋯あ、あーちゃーさぁん⋯⋯。うわぁ~~んっ!」
「ふう⋯⋯もう大丈夫だ」
「こ⋯⋯こここわくなんてなかったんだから⋯⋯ひっく」
安心して出た涙をこらえるように歯を食いしばる凛。
いつもの強がり。そんな必要はないのに、健気な彼女の様子に思わず笑顔を浮かべてしまう。
「凛、おいで」
「────。
ば⋯⋯ばかぁ⋯⋯!
わたしたちのさーばんとなんだから⋯⋯いつだって⋯⋯まもってよ⋯⋯。
うわ~~~~ん! こわかったよおっ!」
飛び込んできた小さな体を優しく抱き止める。
安心して泣きじゃくる二人の姿に深い安堵を覚えるアーチャー。
────だというのに。
この胸には何故か、安堵よりも強い焦燥が燻っている。
自身の内に在るもの、その正体を訝り始めたその時。
遠くで、救急車のサイレン音が聞こえた。
「────────っ」
────ハッ、とする。
迷い無くここにきた。
そうして二人を救った今も、自分はここにいる。
────災害に苦しむ、理不尽に苦しむ誰かを、放って。
胸の中の二人はまだ泣きじゃくっている。
地震に怯え震える二人は、まだ自分の事を必要としている。
『────』
それは駄目だと、誰かが囁く。
訳の分からない恐怖に囚われ⋯⋯アーチャーは縋りつく二人の体を引き離した。
Interlude:夢の代価~前編~。
地震の後、男はひとつの事実に気が付く。
その事実は彼という存在の始まりを────想起させてゆく。