育児戦争/家政夫と一緒。~2の9~
Interlude1-1:一人寂しい
しとしとしとしと。
お部屋の窓から見える空は一面の灰色。
三人で新都に出かけた日から降り始めた雨は、ずっとやまなくて。
どんよりお天気になんだか気分までおちこんじゃいそう。
私は溜息をひとつもらすと、居間のソファーに突っ伏した。
「むぅ⋯⋯」
そのままごろんと仰向けになって、見るとも無しに居間を見渡す。
正面のソファーでは妹の桜がタオルケットを抱きしめてすやすやと寝息を立てている。
タオルケットは私がかけたものだ。
桜は家事が出来るけどやっぱりまだまだお子様で、よくおなかを出して寝ては体調を悪くしている。
人のことに一生懸命になるばっかりに疲れ果て、いっつも寝るときはこうで。
だからがんばる桜のこと守ってあげるのは私の仕事なの。
「うふふ⋯⋯」
幸せそうな桜の寝顔を見て、私は微笑む。
今日はお昼ごろに桜のお勉強見てあげて、桜にお菓子の作り方見てもらって。
メキメキ料理の腕が上達してきた私のこと見てちょっぴり悔しがる桜の頭なでてあげて、二人でお掃除して⋯⋯それから。
────気がつくとアーチャーがいなかった。
「⋯⋯うー」
それを思い出したらまた腹が立ってきた。
うー、はらたつ!
────最近、ううん、数日前からアーチャーの様子が変だ。
妙に優しい。
アーチャーってば私がちょっと失敗すると「ああ、また君はそれだ。進歩がないのかね?」とか「もう少し落ち着いて周りを見たまえよ。動物かね君は?」とか、いじわるばっかりいう奴だったんだけど。
ここ数日はなにか失敗しても、フォローしてくれる。
⋯⋯それが嬉しくない訳じゃないけど。
今までのアーチャーは、なんというか────。
私が自分で出来るまで黙ってみていてくれて。
出来たときには少し意地悪な笑顔で、がんばったな、って言ってくれる⋯⋯そんなふうなの。
それがとっても嬉しくて、だからいっぱいいっぱいがんばるのが楽しかった。
時たま頭なでてくれると胸の辺りがほわっ、て⋯⋯。
⋯⋯って、そんなのはどうでもいいのっ!
とにかく、なんだか⋯⋯最近のアーチャーは”時間が無い”みたい。
今日もそうだ。いつのまにかいなくなってる。
そして帰ってくると私たちが怒って。
アーチャーは申し訳なさそうな顔をして。
意味もなく私たちの頭をなでて謝るの。
⋯⋯嬉しくないわけじゃない。
でも⋯⋯なんだかそれは違うような気がして。
アーチャーが遠いところにいるような気がして。
私は不機嫌になる。
いつもと違うアーチャーに、不安になる。
幸せが壊れちゃうんじゃないかって⋯⋯不安になる。
ガチャッ⋯⋯パタン。
玄関のドアが開いて、しまる音。
「あ⋯⋯!」
アーチャーが帰ってきたんだ!
ソファーから飛び降りるとねこさんスリッパを履いて、私は玄関まで走る。
入り口には案の定、ぬれねずみのアーチャーがいた。
「むーっ!」
満面に怒りを湛えて睨みつけると、アーチャーはまたあの……申し訳ない、気まずい、というような顔をする。
「どこにいってたのっ!」
「⋯⋯む。
あ、いや⋯⋯教会だが」
ちらりと垣間見えたアーチャーの表情は、なんだか⋯⋯とっても辛そうなものに思えたけど、私の怒りは収まらないっ!
「もー!
なんでひとこといってくれないの!
さくらだってしんぱいしてたんだよっ!」
「む⋯⋯。
ん? 桜“だって”? ほほう」
アーチャーは水を得た魚の如く私の言葉尻を捉えて顔を輝かす。
⋯⋯う。
「そうかそうか、君も心配してくれていたのか」
「⋯⋯そ、そーよ。しんぱいしてたんだからっ!
わるいっ!?」
こどもだこどもだこどもだっ!
心配して損した! ばかばかばか!
⋯⋯でも、なんとなく。
無理やりにでも作ってくれた、この会話が。
いつものとおりのどうでもいい罵りあいで、私は少し安心してしまう。
だからもっとどうでもいいこと喋ってほしくて、私は少しだけ期待してアーチャーの顔を見上げる。
⋯⋯なのに。
アーチャーのおっきな手は、私の頭を優しくなでる。
「ありがとうな。⋯⋯心配をかけて、すまない」
精一杯の優しい目で、そういって謝罪するとアーチャーは私の横を通り過ぎようとする。
それがあまりにも寂しくて。
嫌で。
────私はアーチャーの脛をおもいっきり蹴り上げてやった。
「なっ⋯⋯ったー!?」
脛を抱えて飛び跳ねるアーチャー。
綺礼直伝、エセちゅーごくけんぽー?の蹴りなのだ。どうだ、まいったか!
私は素早く敵兵との相対距離をとると、おもいっきりあかんべーをして居 間に駆け戻った。
視界の隅で呆然としたような、困ったようなアーチャーの顔が見えたけど知らないもん。
私は桜のタオルケットにごそごそともぐりこんで不貞寝を決め込むことにした。
「わわ!?
な、なんですか、ねーさん?」
「あねはいまふきげんなのっ!
そのぼせいあふれるむねでなぐさめなさいっ!」
「わけわかりませんよ⋯⋯もう」
そういいながらも頭をなでてくれる妹の愛を確認すると、私はぺったんこの胸と石鹸の優しい匂いの中で、夢の世界に落ちていった。
────アーチャーの、ばか。
家政夫と一緒編第二部その9。INTERLUDE1-1。
ご機嫌斜め。
一緒にすごしてきた、優しい人。
けれど最近なんだかかみ合わなくて。