育児戦争/家政夫と一緒。~2の4~
やれること
アーチャーの体は疾風と化し、弾丸のような勢いで階段を上る。
そうしてたどり着いた階段横のフロア。
「あーちゃーっ!」
桜を抱いて椅子の下から出てくる凛。
無事だった。
「いまのおっきなおと、なに?」
震える桜の肩を抱きながら立ち上がると、凛は開口一番アーチャーに状況を問いただしてくる。
「────爆発音。ここより上のフロアで爆発が起きた。
⋯⋯現場に行ってみないことには何とも言えんが、ありがちな”ガス爆発”にしては不審な点があるし衝撃が大きい。
人為的な爆破の可能性もある」
「ば、ばくはつ⋯⋯」
爆発の原因は憶測の域を出ないが、その規模と被害ならばおおよその見当はつく。被爆したフロアの状況は惨々たるものだろう。一刻も早い救助活動が重要になる。
アーチャーの焦りを見て取ったのか、幼いマスターは口元を引き締めると顔を上げて言った。
「⋯⋯よし。いって、あーちゃー。
わたしたちはだいじょうぶだから」
「⋯⋯む」
なんと、力強い笑顔。
だが、その笑顔とは裏腹に妹を抱く小さな手は震えていた。
それに気づかない振りをしつつ、アーチャーは不敵に笑う。
「⋯⋯フ。
了解した。必ず迎えに行くからデパートの前で待っていてくれ。
⋯⋯いいな?」
アーチャーの言葉を聴くと凛はその顔に満面の笑みを浮かべ、
「うんっ!」
強く、そう答えた。
頷きひとつ交わすと、両者はそれぞれの目的地へと向かう為踵を返す。
「⋯⋯⋯⋯よしっ!」
エスカレーターは危ない。
とっさにそう判断した凛は桜の手をしっかりと握り階段を駆けていく。
無言で自分の後を追ってくる妹はなにやら沈痛な表情をしていた。
「⋯⋯ん? どうしたの、さくら」
走りながら尋ねる。
「⋯⋯うう⋯⋯わたし」
とたんに、桜の目からこぼれる涙。
開いたほうの手で涙の溢れる眼をごしごしと拭う。
「わわっ!? ど、どうしたのよ?」
足を止め、慌てて桜に向き直る。
「も、もー。
きんきゅうじなんだからさくらもしっかりするのよ。
めっ! よ!」
あたふたとしながら必死に桜を慰めようとする凛だが、涙の理由がさっぱりわからない。
「わたしっ⋯⋯わたし」
「ど、どうしたのよ?
ま、まさかどっかけがしたの? いたいところがあるの?
あーもう、ちゃんといいなさいさくらっ!」
本泣きになる桜にいよいよどうしていいかわからない凛。
無意味に手を振り回してみたりするが、妹は一向に泣き止む気配が無かった。
「う⋯⋯ううー。
な、なきやんでったらぁ⋯⋯」
状況の混乱。先行きへの不安。
そして強がり。
遠坂の正当後継者とはいえ未だ幼い、遠坂凛。
こんな修羅場をくぐるのは初めての経験なのだ。予想外の混乱にどうしていいかわからなくなった凛の目には、涙がにじんでいた。
タタタ⋯⋯ッ。
そこへ、響く足音。
「!」
「あ、君たち! 大丈夫かねっ!?」
血相を変えて走りよってきたのは紺の制服。デパートの警備員だろう。
「あ⋯⋯」
思わず漏れた溜息は、現れた人影が頼りになる従者ではなかったからか。
それでも胸のうちに広がる安心感に、凛は自分の顔が赤くなるのを感じた。
遠坂凛は、まだまだ子供だ。
「良かった⋯⋯君たちは上の階から来たのかい?」
「はい、まだうえにひとがいるとおもいます。はやくひなんさせてあげてください」
「よしわかった。とりあえずお嬢ちゃんたちはあそこの非常口から外に出るんだ。あとはおじさんたちが何とかしておくから」
「はい⋯⋯がんばって」
そういうと未だ泣き止まない妹の手を引いて非常口へと走り出す。
「ぐすっ⋯⋯ねえさっ⋯⋯」
「さくら⋯⋯どーしたの?」
「わたし⋯⋯わたし⋯⋯。
こわくて⋯⋯」
「うん」
「⋯⋯あーちゃーさんに、がんばってって⋯⋯いえませんでした」
────がくっ。
思わずよろけて転びそうになってしまう。
「はは⋯⋯だいじょーぶよ。
さくらがそうおもってるって、あーちゃーちゃんとわかってるから」
「⋯⋯はい⋯⋯」
「わたしたちはあーちゃーにしんぱいかけないように、そとでまっていましょう。
だいじょうぶ。
あーちゃーつよいもん。ちゃんとかえってくるわ」
「はい……」
妹の手を握って苦笑する。
なんだかんだ桜も強い。自分の怖さに押しつぶされるよりもアーチャーの事を強く考えてる。
なら私も強く在ろう。信じるんだ。
ずっとずっと、自分たちを。
孤独から守ってくれた赤い背中を。
家政夫と一緒編第二部その4。
幼いけれど。
まだまだ幼くて、出来ることなんてあまり無い自分だけれど、それでも、やらなくちゃいけないことは判る。
妹を守って、パートナーを信じること。