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【セカンドブライド】第5話 カエルさんからポインセチア

それからしばらくの間、カエルさんからの連絡は途絶えた。喧嘩別れの様になってしまったことが気まずくて、頭に無くも無かったが、何もない日々が平穏だとも感じていた。

私が練習会に参加したのは、12月も半ばが過ぎてクリスマス近くの週末だった。週末になると雨だったり、子供が風邪気味だったで、なかなか練習会に参加できずにいた。久しぶりに参加することができたその日は晴れていて風もなく、そんなに寒くもなく、空気が濃い朝だった。

私はひさしぶりに趣味の時間がもてることが嬉しくて、息子を連れてランニングクラブに向かうことにした。

練習の拠点となっている公園には、芝生のある広場、市民体育館、温水プール、陸上競技場、テニスコートがあり、その施設をぐるりと一周する様に外周が1.5キロのコースがあった。

公園までは、自宅から車で20分ほどかかる。公園の駐車場に車を駐車し、練習の拠点となる芝生の広場にある東屋まで息子と歩いた。東屋は、よく公園にあるタイプで、茶色い屋根の下に四角いベンチが置いてあった。そこに荷物をおいて走るのが、何となくの決まりになっていた。

東屋の屋根の下で、メンバーのマルさんがストレッチをしていて、「今来たところ」だと言った。マルさんに挨拶をし、息子にも「ほら、マルさんにおはよう言った?」と挨拶を促しながら、靴をランニングシューズに履き替えた。

息子は、「言ったよー。」と少し不満気に答えた。マルさんが「言ったよなー。おはよう。」と息子に向かって言った。息子ももう一度「おはよう!」と、今度ははっきりと大きな声で言った。

荷物の数からしてその日は7人くらいのメンバーが集まっている様だった。息子は、芝生の広場でチームのメンバーとその子供が遊んでいるのを見つけて、嬉しそうに走っていった。「仲良くねー!」と息子が走る背中に声をかけた。メンバーが息子に気付き、手を振った。私は「お願いして、走っちゃっても良いですかー?」と大声で聞いた。「どうぞー!」と叫び声が帰ってきた。

そこへ、もう周回コースを何周か走り終えたと言いながらメンバーの集団が帰って来た。その集団に交じってカエルさんもやってきた。

東屋の柱に手をかけて足首を持ち、前腿のストレッチをしながらカエルさんが私の方を見て言った。

「おはよう。久しぶりー。今日は何キロくらい走るの?」まるで何事もなかったかの様な挨拶だった。

「おはよう。久しぶりー。ん-、今日は10キロ走れれば良いって感じかな?」多少居心地の悪さを感じながら、私も何事もなかったかの様に返す。

ぎこちない気はしたけれど、蒸し返して気まずくなるのは嫌だった。他のメンバーもいるので努めて普通にしているのが良いと思った。

みんな揃ってぞろぞろと走り出す。寒い季節の走り出しはいつも身体が重かったが、しばらくすると、体が温まって来て走りやすくなる。

みんなで、次のレースは何を走るだとか、どの靴だと調子が良いとか、誰が痩せて速くなったとか、腕のふりは後ろに引く様にすると良いとか、そんな話をしながら走った。

50代男性メンバーのタカさんに「今シーズンの目標は?」と聞かれたので、「フルマラソン完走だよ。」と3か月先の大会を言った。

タカさんはびっくりした顔をして、「もう、すぐじゃねーか。じゃ、いっぱい走らなくちゃだぞ!フルは走りきれたら楽しいけど歩いたら長いど。」と北関東訛りのイントネーションで言った。

私は、実は途中で歩いてもゴール出来れば良いと思っていのたけど、何となくそれを言うと、タカさんが言ってくれたことを無下にしてしまう様な気がして、「うん。ありがとう。」と答えた。

10キロ走り終わり、息子をみていてくれたメンバーと交代して子供達と遊んだり、ウィンドフレーカーを着て帰る準備をした。そして、息子を連れて車に向かって歩いていたら、後ろからカエルさんが追いかけてきた。

「ぱるちゃん、今日も頑張ったね。」
「うん。ありがとう。」

「あのさ、ちょっと待ってて。」とカエルさんが自分の車に行き、クリスマスカラーにラッピングされたポインセチアの鉢植えを持って戻ってきた。

「はい。クリスマス。」
「わあ、ありがとう。」

ポインセチアの根本には、足元に串がついたサンタクロースと雪だるまが斜めにささっていた。

「同級生がすぐそこで花さんやってるんだ。そこで、買って来た。この間のお詫び。ぱるちゃん、悪かったね。メリークリスマスをね。」

「ありがとう。カエルさんも楽しいクリスマスをね。」

「うん。ありがと。家はもうクリスマスを祝う歳でもないけど。」とカエルさんが言って笑った。そして息子に「またな。風邪ひくなよ。」と言った。そして、チャイルドシートの足元にポインセチアを置いてから、息子の頭をグリグリと撫でた。

謝罪してもらって、ほっとするのと同時に、申し訳ない様な気持ちにもなった。

ポインセチアの鉢植えは、サイズ的に座席の間においても余裕があり、倒れないか少し心配になった。横にランニングのシューズバックを置いて固定した。

赤い葉が鮮やかだった。

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