ハッブル宇宙望遠鏡の画像の3%に人工衛星が写りこむ【文献紹介】
いまや4000機近くが打ち上げられているスペースX社の通信衛星スターリンクを筆頭に、多数の衛星を地球周回軌道に乗せて世界中で通信を可能にする衛星コンステレーション(メガコンステレーション)計画を持つ企業が世界にいくつもあります。急増中の人工衛星が、同じ宇宙に浮かぶ宇宙望遠鏡にも写りこんでしまうということは以前から言われていました。今回紹介する論文は、ハッブル宇宙望遠鏡の過去約20年分の画像の中にどれくらい衛星が写っているかを確認した、という内容で、2023年3月2日発行のNature Astronomyに掲載されたものです。その割合は、約3%。そして、増加傾向にあるといいます。
文献:The impact of satellite trails on Hubble Space Telescope observations
著者:Sandor Kruk (MPE), Pablo García-Martín, Marcel Popescu, Ben Aussel, Steven Dillmann, Megan E. Perks, Tamina Lund, Bruno Merín, Ross Thomson, Samet Karadag & Mark J. McCaughrean
出版誌:Nature Astronomy (Open Access, CC BY)
出版日:2023年3月2日
衛星コンステレーションと天文学
スペースXのスターリンクだけでなく、イギリス政府やソフトバンクも出資するOneWeb、AmazonのKupierなど、衛星コンステレーションはいくつも計画されています。膨大な数の衛星が地球を回ることになり、その衛星が太陽光を反射して輝く様子も地球から見られるようになってきました。65000機の人工衛星が上がると、夜空の星の十数個に1個の割合で人工衛星が見えるとか、反射光で空全体が5%明るくなるという見積りも出ています(Lawler et al. 2021)。地上の望遠鏡でも、衛星が写りこんでしまうことによる天文学への悪影響が懸念されています。
そういう懸念に対応する形で、スペースXは衛星を暗くするための工夫をいろいろと試してはいます。ただ、イーロン・マスク社長は最初のスターリンクを打ち上げた直後の2019年のツイートで「どうせ望遠鏡を宇宙にもっていかないといけないし」と言っています。
宇宙に行けばいいだろうというのも乱暴な話ですが、宇宙に行けばいいというわけではありません。それが今回の論文です。
ハッブル宇宙望遠鏡と人工衛星
1990年に打ち上げられて以降、天文学に革命をもたらしたといってもいいハッブル宇宙望遠鏡。現在も、高度538kmの軌道を取って地球を回りながら観測を続けています。
イーロン・マスク氏が言うように、宇宙に行けばいいのか。そうではありません。人工衛星による反射光が宇宙望遠鏡に影響を与える可能性は、なんと1986年から言われていたようです(Shara and Johnston, 1986)。明るい人工衛星がハッブル宇宙望遠鏡の視野に入ってしまうと、強い光で観測装置そのものを傷つけてしまう可能性が論じられています。
それから30年以上がたち、人工衛星の数は莫大に増えています。「じゃあ実際ハッブルの観測にどれくらい影響があるの?」というのを、データを掘り返して確認したのが今回の論文です。
シチズンサイエンティストとディープラーニングの組み合わせ
20年間のデータを目で見て衛星が写っているが写っているかどうかを判断するのは大変、というわけで、多くの人の目とディープラーニングを組み合わせた手法が用いられました。
まずは人海戦術。観測データから小惑星を見つけるシチズンサイエンスのプロジェクト Hubble Asteroid Hunter では、11000人以上のボランティアの参加者がハッブル宇宙望遠鏡のデータを目で見て、小惑星を探しました。本来の目的である小惑星の他に人工衛星も写っているということで、当初から人工衛星が写っている画像には「異常な画像」という印をデータにつけていたそうです。
人海戦術で見出された「人工衛星入りの画像」を、学習データとしてディープラーニングのプログラムに学ばせます。その学習の成果をもとに、ハッブル宇宙望遠鏡の2002年から2021年までの観測データで人工衛星入りの画像を見つけ出すのです。ディープラーニングでチェックされた画像は114607枚。そのうち3157枚に衛星有りと判断されました。それとは別に人間が目で確認して、衛星でないのに衛星と判断されたもの(205枚)を取り除き、衛星が入っているのに見逃したもの(120枚)を追加して、最終的には3072枚の画像に3228の人工衛星の飛跡があったということになりました。114607枚のうちの3072枚ですので、約2.7%に人工衛星が写っている、という結果です。
ハッブル宇宙望遠鏡にはいくつかのカメラが搭載されていますが、視野の広いAdvanced Camera for Surveys (ACS) ではデータの3.2%、少し狭いWide Field Camera 3 (WFC3)では1.7%に衛星が写っていました。視野が広いACSにたくさん人工衛星が写りこむのは自然なことです。
2.7%というのは20年の積算ですが、時代によって変化はあるでしょうか。軌道上にある人工衛星の数は、衛星コンステレーションが打ち上げられ始めた2019年からうなぎ上り。2005年から2021年今回の調査では、ACSで2002~2005年には2.8%だったのが、2018~2021年には4.3%に増加。WFC3では2009~2012年に1.2%だったのが、2018~2021年には2.0%に増加。いずれも約1.5倍になっているという結果でした。2005~2021年に人工衛星の数は40%増加しているそうなので、整合性がありますね。2021年以降も人工衛星はどんどん増えていっていますので、衛星が写りこむ画像の割合は今も上昇中であろうと想像されます。
これはもちろん、ハッブル宇宙望遠鏡だけの問題ではありません。地球低軌道を回っている宇宙望遠鏡にはすべて同じ問題が起きえます。じゃあ軌道を上げればいいじゃないかと言われても、そう簡単でもありません。例えば中国の宇宙望遠鏡「巡天」は、中国の宇宙ステーションと同じ軌道であることを前提に開発されていますので、望遠鏡だけ軌道を上げることはできません。しかも巡天の視野はハッブル宇宙望遠鏡の300倍もあるので、人工衛星の飛跡はより多く写りこんでしまうことになるでしょう。
解決策はあるか
2030年代には、人工衛星の数は6万個から10万個に達すると予想されています。高度850kmの軌道に10万の衛星がある場合、WFC3に写りこむ衛星が確率は33%、ACSは41%と見積もられています。これは、現在よりも10倍ほど高い割合になります。
年々増えていく衛星の写りこみに対して、解決策はあるでしょうか。ハッブル宇宙望遠鏡のデータには衛星だけでなく宇宙線や小惑星など、本来の対象ではないものがたくさん写りこみますので、これらを取り除くソフトウェアはあります。が、人工衛星の写りこみ方はこれらとは少し違うので、現行のソフトウェアでは十分に衛星の軌跡を取り除くことはできません。例えば、ハッブル宇宙望遠鏡に近い位置を通過する衛星の飛跡はピンボケして太い線になってしまいます。これを消すのは難しく、画像そのものを捨てなくてはいけない場合も出てきます。何百枚と画像を重ねるような観測であればそのうち数枚が使えなくても大きな問題ではないかもしれませんが、観測の種類によってはデータの質が大きく低下してしまうことになります。
ここからは論文には含まれていない話ですが、このような状況を知ってか知らずか、NASAとスペースXはハッブル宇宙望遠鏡の軌道を上げるミッションを検討することを2022年9月に発表しました。ハッブルの軌道は徐々に下がってきていて、このままだと大気圏に突入してしまうので、軌道を上げて延命させる策とのこと。スターリンクの軌道より上まで持っていくのかどうかまではわかりません。その後の検討状況については特に続報は聞いていませんが、さて、どうなるか。
とはいえ、先も書いた通り、これはハッブルだけの問題ではありません。低軌道に今後打ち上げられる宇宙望遠鏡(と、もちろん地上望遠鏡)に影響を与える懸念は残り続けます。人工衛星の影響については、国際天文学連合が昨年設立した新しい組織IAU CPS (Centre for the Protection of the Dark and Quiet Sky from Satellite Constellation Interference)では衛星事業者も含めた議論が続いていますが、もちろんそんなに簡単に解決策が出てくるわけでもありません。有効な対応策が出せないままじわじわと影響が拡大していくのは避けたいところですが…。
なおこの論文はオープンアクセスで、画像等の利用規定もCreative Commons Attribution 4.0ライセンス、つまり出典を示せば利用OKということになっています。ありがたく画像等を引用させていただきます。
このnoteの記事ヘッダ画像はすべてmidjourneyで出力しています。今回のプロンプトは photo real image of The impact of satellite trails on Hubble Space Telescope observations, 4k, details, --ar 191:100 --v 5。
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