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私だけかもしれない偽造体験 僕は宇宙人彼女と付き合う詐欺師 化け物には怪物を

俺「すきです」
「これでもー」
俺「知ってた」
「むぅ」

僕が告白した後、皮膚をめくって宇宙人の肌を自己開示した小野寺さんは、3か月後、俺と交際を始めた。お互い、何もかも始めてで、何をどうすればいいかもわからなかったので、とりあえず予定を立てるところから始めた。

俺「♪~♪」
小野寺さん「うれしそうだね、何か、いいことでもあった?」
 小野寺さんは他人の機嫌に敏感な性格だ。俺が鼻歌を唄うのが3年半ぶりだってことも、なんとなく勘づいているのやもしれん。
俺「べっつにー♪♪」
小野寺「グリーンか。うーん、ちょっと、音程ズレてるね」小野寺さんは始めたてのズブの素人への物言いに遠慮がなさすぎる。地球人じゃないから、これはもうビヨンドマイコントロール。どうにもしょうがない問題だ。小野寺さんが音程が適切な音程の鼻唄を披露するのを、僕はさえぎった。
僕「♪」
小野寺「//~♪♪♪」
 デュエットがもたついたのは、瞬間的な出来事だったが、Youtubeの「うたってみた」で人気を得ている彼女からすれば、痛恨のミスだろう。俺は得意になって大人げない復讐を続けた。
俺「♪」
小野寺「♪~」
3分40秒後、俺はマウントを取ろうとしたことを心から焼き土下座し、缶ジュースを自販機で購入し、彼女に差し出した。
僕「はいこれ、落とし前」
小野寺「落とし前ってナニ?」
そっか、これはわりと地球人用語だ。でも、いったいぜんたい、落とし前ってなんだろう?僕は不良からカツアゲされる青春しか知らない無罪な男だから、罪に塗れた落とし前は経験がない。記憶をたどった。
僕「昔さ、『おとしまえをつけろ』っていうジョゼ・ジョバンニというムショ上がりの作家が書いた本を読んだことがあるんだ」
小野寺「オトシマエヲツケロ?オトシマエってつけるものなの?亭主、ツケで一杯!
俺「チッチッチ、それはまた違う単語だぜ。そもそも詞が違う」
小野寺「いっぺん、シんでみる?」
なつい。


 ドラマの俳優の台詞の真似をする彼女はいつだって素敵だ。しかし、今回は使い方が間違っていて、それを指摘すると、怒らない謙虚さが彼女の素敵な美徳だ。それに引き換え、地球人は妙に怒りっぽい。一度、そういうことを小野寺さんに言ったら、なぜか翌日手鏡をプレゼントされた。やれやれ、わけがわからないよ
 頬に感触があり、全身が爆発した。見えない接吻。
俺「!!」
小野寺「タカフミ、ぼぅっとしてたから、スキありー
 こんな素晴らしい彼女を占有するお前が東洋文化圏で野垂れ死にますように。そう言って一方的に絶縁した親友、元気にやってるかな。
小野寺「ねぇねぇ、オトシマエってどうやってつけるの?」
俺「膝枕してくれたら、教えてしんぜよう」
小野寺「あっ、それは知ってる。ブツブツコウカン。トレード。торговля」
 オタクなので、ロシア語は好き。何を言ってるのか、さっぱりわからなくても、聞いていると、えいごのおべんきょうをわすれられる。ロシアに行ける日が来ますように。祈った。
小野寺「じゃあ、膝枕してあげる♪」
俺「(最後の♪はビートルズか・・・わかりづらいとこ突くなあ)」
 俺と彼女は人がいない公園を探し、それは東京新橋らへんで見つかった。新聞紙を枕代わりにしているホームレスのおじさんしかいない。社会学的な知見で差別すると、無人。『見えない人間』先生に勧められたけど、読んでなかったなあ・・・。イコライザーのおじさんが読んでたやつだし、私、気になります!オエエエエ(女のふり、やめた!)。


小野寺「タカフミ、ベンチあった♡счастливый(うれしい♡)」
 俺は、ラリってるようにも見える小野寺さんの太ももに後頭部を乗せた体勢に移行した。不思議なもので、一人でさきほどのホームレスのおじさんのように太平楽にベンチで寝るより、地球外生命体美少女の厚い太ももを枕にすることで、心が鎮まりやすい。伯父は若い頃、イタリアン・ジゴロだった。血は争えぬ。末期の台詞。
小野寺「ねぇねぇ、タカフミ♡ジゴロって何?」
僕「無断超能力やめてください」
 彼女はベタな超能力しか使えない。おまけに使い方は雑で、最終兵器になったら、隠すだけのこと
小野寺「はーい、じゃ、耳マッサージするね」
僕「お願いしまーす」
 小野寺さんは座り、僕の後頭部を太ももに載せ、業務的に僕の耳をマッサージした。料金を払わなくてもいいのかと思うほどの腕前だ。将来、彼女がマッサージ店を経営したら、俺は店長として会計管理を担当する。ゼニゲバにうってつけだが、眼精疲労しやすいから、マッサージが必要だ。僕も耳をたまに引っ張るが、彼女ほどやさしい手つきにはなれないものだ
小野寺「タカフミ」
俺「なに」
 あまりに心地よくて睡眠寸前ってたので、片目だけ開けて、言った。
小野寺「キモチイイ?」
俺「うん」
小野寺「うれしい」
僕「俺も」
 すべてが、しずかだった。耳の皮膚がうっすらと引っ張られ、疲労していた脳の神経が鎮まってゆくのを、俺はただ感じていて、後頭部からは、彼女の皮膚と血管の規則的なリズム、視界いっぱいには女神の微笑。しずかだった。ホームレスの寝息も心なしか、しずかになっていた。村上春樹の文体の猿真似と言われても、しずかすぎてきこえない。俺の後頭部には小野寺さんの太ももが当たっているのだから、ミスター村上だって出てくるさ。「ドライブ・マイ・カー」えっちかったしな。


俺は両目を開けた。
俺「ありがとう」
小野寺「ううん、まだ、起きちゃダメ!
俺「なんで?」
小野寺「約束、したでしょ」
俺「なにを?」
 小津映画のようにぞんざいな返事をしていると、みるみる小野寺さんの表情が灰褐色。美人は不機嫌でも、理不尽に美人。その美人が美容習慣をもっている。それは理不尽とは言い難い。だから個人的に、洗顔の際、ソロってはおります。いちおう。
小野寺「おとしまえ、の意味教えるってヤクソク、したでしょ
俺「健さんの映画でも観れば、わかるさ。あばーしりーばーんが」
 美しく、可憐な小野寺さんは上から俺の喉元にやわらかく手を当て、にっこりと微笑んだ。そこが急所だと教えた通りの場所に当てている。そういうところが、実にかわいらしい

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