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言語錯覚/世界錯覚・・多言語間干渉

1.言語錯覚/世界錯覚
2.「英語脳」「朝鮮語脳」
3.多言語間干渉
4.多言語間のスイッチング・切換
5.語族の違う多言語間干渉を克服するには?

1.言語錯覚/世界錯覚

以前、不思議な体験をしました。
都心から田舎の我が家に帰宅する長距離バスの中でのこと、ヘッドフォンでブータン音楽と言うか、ブータンのチベット仏教の僧侶たちの祈祷とか、祈祷で使う楽器とかの音源を聴いてました。都心から、明らかに都心では見られない田舎らしい風景に浸った時、ふと、「あれ、ここはブータンだ」と錯覚したのです。半分居眠りしていたせいもあるのでしょうが、その時、明らかに私は、「ブータン」にいました。その気分・フィーリング・感覚がしばらく続きました。

後日、知り合いのゲルマニストに、このことを話しました。日本では、トップクラスの外国語大学の独文科出身のゲルマニストは、まったく理解してくれませんでした。「そんなこと、あるわけないじゃないですか」と全面否定されました。
私自身、ドイツ語翻訳者として生計を立てているのですが、独文科出身ではありません。その時、自分はゲルマニストでなくてよかったと妙に安堵しました。

いま現在、本来ヨーロッパにいる筈なのですが、諸事情・手続き等により、一時帰国しています。

実は、一時滞在している今の環境が結構多言語環境なのです。日常的に諸外国語が飛びかっている環境にいて、ふと、思いました。
中国語、タイ語など、まったく知らない言語が耳に入って来る時には、ただのノイズ・・というわけではありませんが、疎外感を感じます。言語って不思議だな、と感じます。こんな音の組み合わせが言語を構成して意思疎通ができることに妙に感動したりしてます。

でも、ドイツ語以上に、ずっとはるかに会話ができる朝鮮語/韓国語が聞こえてくる時には、明らかに、朝鮮/韓国世界の有意味な世界に没入している自分にはっと気が付くのです。韓国にいるような「錯覚」すら感じるのです。妙に懐かしくて安心感もあります。地方の実家に帰って、その地方の方言に触れた時に感じる状況と似ているのかもしれません。英語も、対面で話している時の方がリスニングレベルが高く、近くで話されている英語を聞く時とか、ラジオを聞いている時も、それなりに有意味な言語として内容が分かる程度に聞こえてきますが、朝鮮/韓国語も、同様に、否、英語以上にずっとはるかに意味のある言語として聞こえてきます。実際には、日本語世界にいるのですが、韓国語世界にいるような言語錯覚を感じます。

2.「英語脳」「朝鮮語脳」

「英語脳」という言葉が最近流行ってますが、私の場合「朝鮮語脳」とでも言うのでしょうか。確かに、朝鮮語/韓国語の世界が自分にはあるのでしょう。それなりの学習・接触時間と実体験も少なくないですし。

私の場合、この「英語脳」が未だ充分にできていなくて、苦労しているのですが、この「錯覚」体験をくりかえししていて、ふと、思いました。この「言語錯覚」は、実は「世界の錯覚」であり、他言語を学ぶということは、この「他の世界」という「錯覚」を身につけることなのではないかと。少なくとも、その「他言語」以外の世界で、その言語を学ぶ時には。だとすると、この「言語錯覚」「世界錯覚」を積極的に取り入れたら、その外国語習得に有意義なのではないかと。多聴多読も、その言語世界に浸り切ることによって、この言語錯覚・世界錯覚をすることなのではと。

3.多言語間干渉

別の問題もあります。多言語学習者の場合、明らかに「多言語間干渉」があります。

気合いを入れて、英国人に英会話を学び始めた時、英語を話そうとすると、朝鮮語/韓国語が出て来るという体験をしました。日本語→朝鮮語/韓国語→英語と、二段階の言語の置き換えをして初めて英語が出て来るので、朝鮮語/韓国語は、明らかに自分の英語会話能力を妨害してました。英語世界に浸り切ることによって、次第に日本語→英語、そして、英語→英語とレべルアップしてきました。やはり、英語世界の場数が大事なのかと思います。

古典ギリシア語を学んでいて、現代ギリシア語も学び始めた時、似て非なる古典ギリシア語の発音が、似て非なる故に余計に現代ギリシア語の学習を妨害しました。

それと同時に、英語の時とは全く違って、朝鮮語/韓国語が現代ギリシア語の学習を妨害しました。
言語学者ではないので、正確には分かりませんが、朝鮮語/韓国語の発音は、あるいは、発音の仕方が、現代ギリシア語の発音と似ているのではないでしょうか。リエゾンやフラッピングなど、両者にあるように思いますし。メリハリのある音とか、発音の仕方が両者は似ているかと思います。
学習不足の言い訳ではなく、現代ギリシア語のボキャブラリーを覚えようとしたり、現代ギリシア語を話そうとすると、何故か、朝鮮語/韓国語が出て来てしまいます。これは、英語の時とは、まったく違った感覚です。朝鮮語/韓国語と現代ギリシア語とは、発音の仕方というか、音が似ています。英語が出て来てしまうということは全くありません。明らかに朝鮮語/韓国語が現代ギリシア語に言語間干渉を起こしてます。これの克服も、やはり、現代ギリシア語世界の場数を増やしていくしかないのかと思います。

4.多言語間のスイッチング・切換

多言語学習者は、多言語間のスイッチング・切換に苦労するのでしょうが、これも、その言語間の近さ・遠さが関係しているかと思います。

先日、クレタ大学で、英語ネイティブのマルチリンガルたちと過ごした時、英語と、スペイン語・ドイツ語・フランス語そして現代ギリシア語のマルチリンガルがたくさんいました。クラスの殆どと言っていい程。英語非ネイティブで、朝鮮語/韓国語⇔日本語の多言語学習者とは明らかに違いました。なんと言うか、彼ら・彼女らは、すんなりと多言語間を行き来してました。多言語間干渉なんてまったく感じられませんでした。まぁ、実際には、少しはあるのでしょうが、朝鮮語/韓国語⇔日本語マルチリンガルと英語圏の、ヨーロッパ言語間のマルチリンガルとは相互に受け入れない程の「遠さ」を感じました。言語学的に説明がつくのでしょうが、言語グループの違い・遠さが原因なのかもしれません。

5.語族の違う多言語間干渉を克服するには?

今喫緊の課題である現代ギリシア語を身につけるには、この語族の違う多言語間干渉を克服する必要があるかと思います。多言語間のスイッチング・切換のための、なかなかいいやり方が見つかりませんが、言語錯覚/世界錯覚を積極的に取り入れるというのはどうかと思い始めています。私の場合、朝鮮語/韓国語と現代ギリシア語が似ていて紛らわしいのならば、居直って、言語錯覚/世界錯覚を積極的に取り入れてみようかと思ってます。かと言って、両者に文化的類似性も社会的類似性も今のところ見つからないので、どうしようかと思案してますが。

そういえば、クレタ大学で、韓国語を話すギリシア在住の少女と、韓国語で話したことがありました。彼女も、同じ苦労をしているのかもしれません。あるいは、年少者故、いとも簡単に、こんなこと克服しているかもしれませんが。

いずれにせよ、この問題に七転八倒しています。やはり、場数を踏むしか、しかたがないのかもしれません。

12.Oct.24 


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