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あらすじ&原稿サンプル あまりにもあいまいな現実(前編)-もうひとつの三井三池争議

タイトル
あまりにもあいまいな現実(前編)-もうひとつの三井三池争議
あらすじ
戦後最大の労働運動、「革命前夜」と言われた三井三池争議。大争議の結末は、死者458名、一酸化炭素中毒患者839名を出した三川鉱炭塵爆発だった。
この歴史の表舞台の裏で、時代に翻弄された家族がいた。三池労組の「解放区」とも言える炭住で幼児を育ったひとりのこどもは、PTSDとなる体験をした。それが、家族崩壊、父親の第一組合から第二組合への転向・裏切り、炭塵爆発へと繋がっていく。
その過程をこどもの視点から描くことにより、この争議の真の意味を問い直し、社会主義思想とはなにか、家族とはなにか、人間とはなにか、を問うていく。

原稿サンプル
「さておみな おのことともに 「愛」の芽(たね)を ともに混ぜ合う」 パルメニデス 断片18

 夏の暑い日、○○のお姉さんの農家で、強烈な印象に残る体験を「初めて」した。たぶん、それが、「初めて」の「事件」なのだろう。この事件のために、巧は「時」が止まった。ずっと、この「時」に居続けている。巧の基層・深層の記憶となり、後で話す、その後の「事件」とともに、その後の生に、体内被曝のように放射線を出し続けている。無意識の基底・心底から。その最初の「事件」だった。「事件」と言う程でもない、ありふれたことかもしれないけど、巧にとっては、『世界』と触れ合う「初体験」だった。

 忙しなく働く○○のお姉さんに言につけられた遊び場所から、ふと離れたのだろう。この辺の事情は記憶にない。

・・・気が付くと、裏山の森の中にひとりで迷い込んでいた。蝉の鳴き声が滝のようだった。南国特有の強烈な湿気と夏の暑さと森林特有の匂いと果実の甘酸っぱい匂いと、蝉の滝・・・。ひとりで彷徨った。「寂しさ」というのもまだわからない。「怖さ」というのもまだわからない。ただ、ひとりで歩いた。歩き続けた。まだ、歩き初めて間もない幼児は。

ふと、時が止まった。ずっと続く蝉の鳴き声の滝・・・世界は、それだけになった。「永遠」という言葉も概念もまだ知らないけど、この蝉の滝の中に永遠に居続ける・・そう感じた。それ以前に「時間」もまだなかったし。

強烈な太陽。強烈な日射し。木漏れ日。強烈な蝉の叫び。汗で、びっしょりになった。咽せるような森林の匂い。果実の甘酸っぱい匂い・・。

時は、止まっていた。止まり続けていた。

・・・ふと、思った。なぜ、ここにいるの?

そんなこと一瞬思ったかもしれないが、ただ時が流れた。いや、確かにそう思った・・。
その感覚は、表現し難いけど、まるで上の方から別の視点から自分を見下ろしているような。。

不思議なものを見た。

ひと・・である。
ひとと・・ひとが、草叢(くさむら)の中で横たわって蠢(うごめ)いていた。
おんなのひとがしたになり、おとこのひとがうえになり・・はげしくうごいていた。

じっと見た。なんの感情もなく、ただ、見た。
あいかわらず、強烈な蝉の滝と、強烈な太陽と、草叢の咽せるような青臭い匂いと・・。草が擦れる音と・・・喘ぎ・・おとこと、おんなの・・。

誰もぼくにきづかない・・。まるで、ぼくは、いないみたいに。この世に。

ひとは、いつ頃まで、記憶を遡れるのだろう。

幼児の頃、強烈な事件が立て続けにあったせいか、2-3歳頃の記憶が痕跡として残っている。全てのことが連続してではなく、ところどころ断片として。しかし、強烈に記憶している。まるで、数十年経っても、目の前に見える・・手に取るように。空気感も臨場感も湿気も温度も光も微風も匂いも・・・。時間が止まっている。時間がずっと止まり続けている。
いや時間ってなんだろ?
時間ってほんとうに在るの?
今でも、あの蝉の森の中にいる。・・おとこと、おんなが「行為」する前で。ひょっとして、ほんとうは、ぼくは、この世にいないのかもしれない。


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