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猫背で小声 season2 | 第26話 | 例の礼の零

以前「猫背で小声」シーズン2の第18話「例の礼」で書いた、よく電車で逢う「タハラさん」というおじいちゃんとのその後の話。

仕事帰りの電車に乗り、決まった時間に電車に乗ってくるこのタハラさんとの付き合いは、電車内で席を譲り、会話をはじめたことがきっかけだった。

ぼくが先に電車に乗っていて、後から乗ってくるタハラさんに席を譲るというのが会社帰りのルーティンで、ぼくらが出逢ったのが2023年の1月頃。寒い季節に出逢い、電車内に響き渡るくらいの場違いな声で会話をはじめては2人きりの世界が広がる。ぼくたちは日増しに仲が良くなった。

タハラさんが「近藤さん、そのコートオシャレですね」と言ってくれればぼくも「タハラさんもオシャレですよ」と返したり、

ぼくが「キャンプに行った」と言えば「学生時代私は山岳部だったんですよ」と話に花が咲き、電車内で出逢ったとは思えないような親密な関係になっていた。

毎日会って話すことが当たり前となっていた2人だけれど、しばらく逢えない日が続いた。

なんだろう⋯電車に乗るのが遅れたのかな、という程度に考えていたが、よくよく考えるとタハラさんの年齢は80代の前半であり体調を崩すのも仕方ない、もしかしたらという思いが頭をよぎりつつも、相方がいない座席にポツンという感じで座る。

ひとりで座る席は独りだな、という気持ちに浸っていた。

逢えない日々が数日続いたある日、タハラさんが電車に乗ってきたのはいいが、顔にはマスク。元気のない表情に目はうつろ、

「どうしたんですか?」と聞くと「私、コロナに罹っていたんです」とのこと。

高齢でコロナに罹ると命に関わるはずだから、まずはこの電車に乗ってきてくれてありがとう、という思いでいっぱいだった。

世の中の流れに沿うことなく「電車」という公共空間ではいつでもマスクをしているぼく。マスクから溢れるほどの笑顔でタハラさんとサヨナラをした。

余韻の残る出逢い。

このような出逢いがぼくの人生には多いみたいだ。

溢れるほどの笑顔でタハラさんとサヨナラをした後、またタハラさんに逢えない日が続く。

タハラさんへの愛が消えぬぼくはいつでも「なんだろう、なんだろう、また体調を崩したかな」という考えるように。その気疲れからか、ぼくも体調を崩すように。

いつもふたりが乗る電車は各駅停車。人も物事もなかなか進まなくて、イラつきと悲しみを抱えながらの電車。時間はしばらく快速電車のように進む。ある日、タハラさんが電車に乗ってきたのだ。

またもやタハラさんの顔には元気が無く、ぼくは、慎重に、相手の呼吸で会話を待ったのだが、タハラさんはこんな言葉を発した。

「私ね、心筋梗塞で入院していたんです」

季節は夏。頭が真っ白になったぼくがいた。

覚悟はしていたが「やはり」。逢えなかった理由をいろいろと考えていたが、理由は度を超えたどストレートなものだった。元気のないタハラさんをじーっと見つめては、降車駅でぼくは「サヨナラ、タハラさん」とつぶやく。彼の存在がぼくの中で大きくなっていた。

「時間」が作り出してくれた出逢い。この出逢いが終わるのもある意味「時間」の問題なのかもしれない。

「いつかタハラさんと飲みに行きたいな」

こんな気持ちも膨らんでいた。

それからもタハラさんとは電車の中でいろいろな話をし、出身地や仕事のこと、土日にどこに行ったとか、体調が優れないから時短勤務になったとか、電車で話せる時間は少ないけれどたくさん話した。驚くほど距離は縮まった。特にタハラさんの仕事は、ぼくの大好きな趣味に関連する業種で、タハラさんがあの場所に関わったんだという驚きを隠せない時を過ごした。

季節は冬になり、寒寒とした季節で、何もかもが鬱陶しくも感じる季節。ぼくらは出逢ってもうすぐ1年を迎える。「いつも」とはオサラバしたいなと思いながら、いつも通りの仕事をしたある日、仕事を終えてぼくは電車へ飛び込むように乗り、いつも通り席を確保、数駅進むと、いつものようにタハラさんがやって来た。

ただ、熱い想いを抱くぼくとは対照的に、タハラさんはぼくと話す様子はない。

なんだろうなんだろうとモジモジした仕草で恥ずかしそうにぼくにぼくに、タハラさんが声を掛けた。

「あの⋯あのう⋯近藤さん⋯今度食事に行きませんか?」

あまりに突然すぎて、あまりにうれしすぎて、声が出なかったけれど、

「ぜひ行きましょう!!」

数秒後、ぼくはタハラさんの手を握りしめてこう声を掛けていた。うれしさを隠そうともしない、このふたりの1年の出逢いの集大成ともいえる出来事だった。

でも、約束をしたのはいいが、どこで食事をするのかは決めずにいた、また逢えると思ったから。

時は2024年。寒い冬は変わらないまま。タハラさんがいつもの時間に電車に乗ってきたけれど、電車内は満員でぼくもタハラさんも座れない。目線だけで会釈をし、ぼくは地元の駅で降りたのだけれど、これがタハラさんを見た最後の姿だった。

この連載を書いているのが2024年の11月で、今もタハラさんとは電車内では逢っていないし、背格好の似た70代のおじいちゃんが入って来るたびに「えっタハラさん?」と少しビクっとするが、現実は変えられない。

あの食事を誘われた時にすぐお店に行っていれば、いろんな話をできていたんだろうけど、どうやら過去は変えられないらしい。

悔いも残るし、お礼も言いたかったし、連載のことも伝えたかった。一期一会という言葉以上に愛を感じた出逢いだった。

ぼくの「時」を変えたひと。

これからの時を変えてくれそうなひとだったから。

絵 : 村田遼太郎 | RYOTARO MURATA 北海道東川町出身。 奈良県の短大を卒業後、地元北海道で本格的に制作活動を開始。これまでに様々な展示に出展。生活にそっと寄り添うような絵を描いていきたいです。 https://www.instagram.com/ryoutaromurata_one

文 : 近藤 学 |  MANABU KONDO
1980年生まれ。会社員。
キャッチコピーコンペ「宣伝会議賞」2次審査通過者。
オトナシクモノシズカ だが頭の中で考えていることは雄弁である。
雄弁、多弁、早弁、こんな人になりたい。

近藤学 SNS
https://twitter.com/manyabuchan00
https://www.instagram.com/manaboo210

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