『もしもし、一番星』 #03 — ワンダーシティー、清澄白河 — by 阿部朋未
神様が八百万の数が存在しているとするならば、時には人の形をしていたっておかしくないと思う。
数年前の1月。私は東京にいた。
当時は転職活動のために毎月のように東京に通っていた、というのは半分本当の半分口実で、それを兼ねて友達に会ったり観たい展覧会に行っており、この日も例に漏れず、東京都現代美術館、通称「現美」に向かっているところだった。
現美のある清澄白河は、気がつけば雑誌でしばしば特集が組まれるほどの、都内でも屈指のお洒落な街になっていた。元々従姉妹が近くに住んでいたのもあって、昔から私にとっては東京の中でもごく身近な街だった。それが、いつしか幾多ものマンションやコーヒーショップが立ち並び、古き良き街並みは新進的な風景へと一気に様変わりしていた。軽い気持ちで物件サイトにて清澄白河の家賃相場を調べたらあまりの高騰っぷりにゆっくり後ろにひっくり返りそうになったし、街角を見渡せばコーヒーを片手にお洒落な格好をした人々が笑いながら通り過ぎていき、「もうすっぴんで歩けないわ」と花粉症気味の従姉妹は困った顔で笑う。
分野問わず様々なカルチャーのことを知っていく中で、従姉妹の実家の近所にあったはずの現美の良さにようやく気がついたのはつい近年のこと。調べてみると2016年から改装工事の為に休館していたようで、再開したのは2019年3月末のことだったという。SNS のタイムラインを眺めていると、時折気になる展示が開催される度にその情報が目に止まる。しかし距離的な問題もあって、そう簡単に足を運べずにいた。そんな中、憧れのブランドである『ミナ ペルホネン』の大規模な展覧会と私の東京行きのタイミングが幸運にも合ったのだった。
久々に降り立った清澄白河の街。商店街を潜り抜けてスマホのマップを片手に現美へと向かうけれど、そういえば一人でちゃんと歩くのは初めてだった。私の家族と従姉妹家族で一緒に歩いた遠い記憶が、目の前に広がる景色で上書きされていく。今の清澄白河ってこんな街だったんだ。初めて見る風景と昔から知っているようなどこか懐かしい匂いに何度も感嘆の声を上げてしまいそう。確かにお洒落な街並みにはなっているけれど、ところどころに昔ながらの下町情緒を感じる風景も残っていたり、この日は屋外でイベントが開催されていたらしく、カラフルな地図を片手に小さな子供が大人と一緒に歩いている姿が度々見られた。その光景に頬が緩みつつも、しかしながら現美までの道が遠く、等間隔に立てられた電柱に貼られてある「現美まで○○m」の表記はいくつも見かけるけれど、にしても道のりが果てしなく感じる。この道で合ってるのかさえ不安になってきた。この道でいいのか?
と、そんな時、ぱっと前を向いたのと同時に少し離れたところにいた一人の女性と目が合った。私の母と同じくらいか少し年下くらいの、身なりに品が滲み出るきれいな女性。すると開口一番、「もしかしてあなたも現美に行くの?」とパッと明るくなった表情とともに声をかけてくださった。思わず「えっ」と声が出そうになる。なんでわかったんですか、と恐る恐る「そ、そうです」と返事をする。「私もなの!よかったら一緒に行かない?」眼鏡の奥の瞳が優しく微笑んだ。なんというまさかの展開。でも、案外こういう流れは嫌いじゃない。私は二つ返事でその人と一緒に現美へ向かうことにした。
現美までの道中、いろんな話をした。お互いの仕事のことや好きなもの。私が持っていたフィルムカメラを見て、娘さんは写真の仕事をしていることも教えてくれた。その女性はやはりアート関連の仕事をしているらしく、友達と現美で今から待ち合わせをしているらしい。好きな気持ちを抱き続けることの大切さなど、これからも大事にしたい信条も沢山教えてくれた。ようやく現美の建物が見えてくると、子供のように嬉しそうにはしゃいでいる女性。歳を重ねても自然体でいられることの純真な素敵さよ。お目当ての展示のポスターの前でお互いを撮り合ったり、一緒に自撮りなんかもした。いつもの私だったら絶対そんなことはしないのに、女性と一緒にいるとなんだかこういうのも悪くないなぁ、なんて思えた。
中に入るとチケットを買う人による長蛇の列ができていたところで、ちょうど女性は待ち合わせていた相手と会えて、私とはここで別れることになった。別れ際、「ありがとう、楽しかったわ。写真頑張ってね!」と笑顔で言ってくれた。結局最後まで名前も知ることもなかったあの人は、今はどこで何をやっているんだろうか。あれから目まぐるしくいろんなことがあったけれど、どうか元気に健やかでいてくれたら、と願ってやまない。あの人にまた会えるように、写真を頑張ってみようと思った。頑張ってどこかの大きな表舞台に立てることができた時、もしもあの人が気づいてくれたらきっと私たちはまた会えるような気がしてならない。そう信じている。それは新年が開けたばかりの、清澄白河の片隅で起こったささやかな話。
阿部朋未
『もしもし、一番星』 TRACK 03
蓮沼執太フィル『HOLIDAY』