猫背で小声 | 第28話 | こんなひとにかこまれて
今まであまり書いていなかった両親について。
オトン
普段あまりしゃべらないひと。
でも酒を飲むと急に多弁になる。
ぼくが不登校や引きこもりでも
なにひとつ口を挟まなかった。
幼少期、思春期、青春期、青年期、
なにひとつぼくに対し自分の意見を言わなかったひと。
意見を言いたかっただろうけど
ぼくのことを思ってくれて
そっと見守ってくれたひと。
今の会社で内定が決まった時、
誰かがぼくの部屋に向かってくる階段を登る足音が聞こえてきた。
聞き慣れない足音だった。
オトンがぼくの部屋に来たなと慌てた。
「ドンドン」
普段ノックなどしないオトンの暴力的なノック音だった。
聞き慣れない不思議なノック音。
オトンが部屋の前にいる。
不思議な光景。
オトンが口を開いた。
「就職おめでとう。このお金でスーツでも買ってくれや。」
江戸っ子特有の口の悪さだ。
だがぼくと久しぶりに話す照れと嬉しさが痛いほどわかった。
「ありがとう、オトン。」
顔を見て言えなかったけど後からメールでありがとうと伝えた。
そうしたらオトンからメールが来た。
「頑張ってくれ。」
ただそれだけのメッセージだった。
たぶん生まれて初めてオトンとメールをしたと思う。
ぼくも照れくさい。
オトンを思う。
*
オカン
ぼくが不登校になってから時間に余裕が欲しいと言っていた。
ある日介護ヘルパーのパートをはじめた。
たぶん献身的な女性。
いつからかぼくは社会と離れて生活をしていた。
でも味方をしてくれた。
それがオカン。
ぼくは小学生の時、自分の部屋で食事をしていた。
家族と食べることも嫌だったからだ。
ぼくが自分の部屋で食べる時は、オカンは食事を部屋の前に置いといてくれた。
でも置いといてくれた食事はおいしかった。
ぼくはこの病気になって寂しい思いもした。
けど寂しい思いもさせた。
人間らしいことをできずに。
人間らしいことを見せてやれずに。
昔誰かが直木賞を受賞した。
そのニュースを聞いたオカンは
「マナブ、直木賞取れるんじゃない?」
なんの根拠があってだろうか。
オカンは無知だ。
少し世間を知らない。
ぼくが今の会社に入るときに就職活動で連戦連敗の時があった。
「マナブ、ポストに送付した会社から分厚い書類が届いているわよ。なにこれ内定もらえたんじゃない?」
「いや違う。送付した企業から履歴書と職務経歴書が戻ってきていて、もうその会社とは縁がないんだ。」
「そうなんだ。」
このやりとりが何社もあった。
オカンは不採用のことを知っていたのに、落ち込むぼくをあえて元気付けてくれているのであろうか。
策士なのだろうか。
ちょうどこの文章を書いているときに誰かが直木賞受賞したニュースが流れた。
「マナブ、小説とか書かないよね?」
「直木賞取れるんじゃない?」
また言っている。
あんた策士か。
こんな年月
こんな日常
こんなふたりをしあわせにしたい。
つよく思う。
つよく想う。
近藤 学 | MANABU KONDO
1980年生まれ。会社員。
キャッチコピーコンペ「宣伝会議賞」2次審査通過者。
オトナシクモノシズカ だが頭の中で考えていることは雄弁である。
雄弁、多弁、早弁、こんな人になりたい。
https://twitter.com/manyabuchan00
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