
猫背で小声 season2 | 第10話 | 北国のオンナ
休職中だった春のある日。何もすることがなかった。
生活にハリがない。現在過去未来が、しぼんでいた。
生活にハリや目標がないと、外に咲いている桜も鬱陶しく、心は震えない。
世間では新生活がスタートする季節。僕はヒマだったので普段あまり見ないユーチューブをなんとなく見てみようと、検索窓に自分の興味があることを入力しはじめた。
「野球」
「昭和歌謡」
そして、当時興味が湧きはじめていた「サウナ」をなんとなく入力してみると、検索結果として動画のサムネイルがダーっと表示された。その中に興味の惹かれる動画があった。
「若い女性がビキニ姿でサウナに入る動画」だ。
エロい気持ちがないといえば嘘になるが、とても爽やかな女性がそこには映っていた。動画ではビキニ姿のとても健康的な女性がサウナで汗を流している。水風呂に入っている。そして、ととのっている。
これを求めていた。
こんな動画が見たかったのだ。
動画の正体は「&sauna(アンドサウナ)」というチャンネル。出演していたのは豊澤瞳さんという女性だった。

北海道出身・在住で身長は178センチ。
この「&sauna」は北海道を中心に全国のサウナを紹介するという番組だ。出演者のひとり豊澤瞳さんもただのネエちゃんというわけでもなく、ミスユニバース日本大会第3位という経歴の持ち主。しかもそれは北海道代表として歴代最高位の成績。ただのサウナ好きネエちゃんではないのだ。
この日を境に豊澤瞳さんに心奪われた。
心奪われたというだけではない。自分でも何かやってみようと思いはじめた。
まず、この豊澤瞳さんはスタイルがいい。
ミスユニバースに選ばれたということだけではなく実はバレーボール経験者で筋肉も適度に付いているし、とにかくお腹に贅肉がない。とても健康的。男女の違いはあるが、僕はこんなことを思っていた。
「豊澤瞳さんみたいなキレイな身体になる」と。
もともと引きこもり、そして絶賛休職中のホームラン級バカの願いだが、行動は早かった。早速ジムに行きはじめたのだった。
久しぶりの運動だったので、最初のうちは吐き気をもよおしながら筋トレをしていた。
重いダンベルを挙げる時は心の中で「絶対に豊澤瞳さんのような身体になってやるっ」と唱えながら挙げていた。
「これを挙げたら豊澤瞳」
「ここで妥協しなかったら豊澤瞳」
と、知らぬ間に自分の中で豊澤瞳さんがモチベーションとなっていた。

次、サウナに行く時までにはお腹の肉を無くす。と、おそらく豊澤瞳以上にストイックになっていたと思う。豊澤瞳本人の知らぬ土地で、豊澤瞳がひとりバズっていたのだ。
「&sauna」の動画を見てはジムへ行き、帰宅後、夕食を食べながら、また新たな動画を探して見る。
豊澤瞳さんが好きすぎて、豊澤さんがパーソナリティーをしている北海道の FM のラジオを聴きたいがためにラジコのプレミアム会員になってしまった。
誰に言うわけでもなく、こんな日常(休職中)が過ぎていた。
こんな生活をしていると身体も変わってくる。
豊澤瞳さんを知る前の体重が55kg。豊澤瞳さんを知ってから、つまり筋トレをはじめて8ヶ月、体重は64kgになっていた。一番痩せていた7年前の49kgから15kgも体重がアップしたのだ。
とても清々しい気分だった。身体に筋肉がつくと、気持ちに自信がついた。
豊澤瞳みたいな身体になるぞ、という休職中のギャグみたいな話でも、いまこうしてエピソードとしてここで発表できるのは「いいな」と思うし、書くたびに「いいね」という反応をいただけるのがとてもうれしい。
つらいつらい時でも、きっと「なにか」見つけられるはず。
豊澤瞳さんのおかげで、休職中でも大事な「なにか」を見つけられたというギャグみたいなおはなしでした。
超、回復。ということで。
パワー!! ハッ!!

文 : 近藤 学 | MANABU KONDO
1980年生まれ。会社員。
キャッチコピーコンペ「宣伝会議賞」2次審査通過者。
オトナシクモノシズカ だが頭の中で考えていることは雄弁である。
雄弁、多弁、早弁、こんな人になりたい。
https://twitter.com/manyabuchan00

絵 : 村田遼太郎 | RYOTARO MURATA
北海道東川町出身。 奈良県の短大を卒業後、地元北海道で本格的に制作活動を開始。これまでに様々な展示に出展。生活にそっと寄り添うような絵を描いていきたいです。
https://www.instagram.com/ryoutaromurata_one/
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