
猫背で小声 season2 | 第9話 | 黒か光か
嫌なことがあった。
嫌なこととはまるで墨のようだ。
一滴の墨を水に垂らすと、一瞬にして透明な水に拡がっていく。
一瞬にして黒く冷たい気持ちになっていく。
仕事がつらい。ストレスは溜まる。ストレスが溜まるとうまく唾が飲み込めない症状が出てくる。
この症状はひきこもっていた時に顕著に出ていたが、
また出た。
『限界』という言葉は使いたくないが、もう休んでしまいたい。
投げやりに仕事を放り投げて逃げるように休むのではなく、段階を踏んで、ちゃんと休みたい。それは会社と上司への思い。
ぼくは人よりも感受性が高いのか、誰かのちょっとした言葉や態度でさえ、心の動きが止まる。
それが休みたい理由。
なのだろうか。
自分でもよくわからない。

最近友人が「死にたい」と言ってきた。
嫌なことが重なったらしい。
それはぼくにとっても嫌なことだ。
ここでは「アンタ」と呼ばせてもらう。
アンタの立場になれるわけじゃないけど、よっぽどつらいことがあったんだろうと想像するよ。
あれだけ世話になったアンタの心の「重り」を取ってあげられないことが情けない。「死ぬな」と言っても「俺の代わりはいる」とマイナスな言葉しか返ってこない。
でもアンタが思う以上にアンタの存在は大きく、ぼくにとってアンタの代わりはいない。
死んだらすべてが終わる。
アンタは命を軽視しているかもしれないけれど、死んだら明かりさえも見えなくなる。
今は真っ黒な世界にいるかもしれないけれど、たった1つの「明かり」さえ見えていれば、「生きてみよう」と感じられると、ぼくは思う。
些細な嫌なことも、些細な幸せも、死んだら感じられなくなるんだよ。
そんなことを今のアンタに言っても響かないだろうから、ぼくはおとなしくこれからもアンタの気持ちに寄り添っていくつもりだ。
嫌なことばかりの世界だけど、なにかひとつでも光を見つけてほしいんだ。
真っ暗な世界の中に小さな光がひとつだけでも見えたなら、気持ちはきっと高まると思うから。
黒い夜空に星が見える。
人はそんな世界に住んでいる。

「休みたい」と口では言っているけど、ぼくはこのまま休まないで働き続ける気もする。
それが正しいとは思わないけれど、人生の半分近く引きこもっていた自分にとっての光は「社会と繋がっていること」だと思う。
それが人生のテーマだと思うから。
今日も、これからもずっと猫背だ。
それでいい。

文 : 近藤 学 | MANABU KONDO
1980年生まれ。会社員。
キャッチコピーコンペ「宣伝会議賞」2次審査通過者。
オトナシクモノシズカ だが頭の中で考えていることは雄弁である。
雄弁、多弁、早弁、こんな人になりたい。
https://twitter.com/manyabuchan00

絵 : 村田遼太郎 | RYOTARO MURATA
北海道東川町出身。 奈良県の短大を卒業後、地元北海道で本格的に制作活動を開始。これまでに様々な展示に出展。生活にそっと寄り添うような絵を描いていきたいです。
https://www.instagram.com/ryoutaromurata_one/
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