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ゴジラは見ている【短編小説】

先輩の右耳にみっつのピアス、そのうちのひとつはよーく見ると微妙に不自然な場所にある。

先輩のピアスは、広めの耳たぶに三角形。
ふたつは耳たぶのラインに沿って上下に。
そして、その不自然なもうひとつは、その2点の垂直二等分線の上、耳たぶと顔のラインの境界ギリギリくらいにあいている。

普通は耳たぶに沿ってみっつ仲良く並ぶんじゃないのか?
普通と言っても、私はピアスをあけたことも、ピアスをバチバチあける知り合いもいない。もしかしたら耳たぶに夏の大三角形を指差すのが今のトレンドなのかもしれない。


なのでこのあいだ、週に一度の定例飲みで、なーんでそんな変なとこにあいてんすか?と聞いてみた。

「あにが?鼻の穴?」

主語を察することができない日本人失格酔っ払い。そんなだから私の方が出世が早いのだ。

「あーこっちのピアス?そりゃ酔っ払ったときにあけたからだね」

情緒もへったくれもない理由だ。
ピアスって左右の穴の数とか、場所とかに意味を持たせてあけることもあるから、てっきりその夏の大三角形も、ベガへの祈りくらいあるのかと。

「よく知ってんね〜!気づいちゃった?ピアスの魅力♡」

推しのアイドルがピアスあけてて、気になるから調べたとか言ったら揶揄われそうだから絶対言わん。


しかし、そのベガは思ったよりとんでもないあき方をしていたことが、すぐに判明した。

なんでも、新宿は歌舞伎町で仲良しのドメンヘラ地雷女と潰れるまで飲み。
その時まだまっさらだった耳たぶが寂しいからと、ピアスバチバチ酒ベロベロ女に相談すると。
じゃ、いまあけちゃおっか!と盛り上がり、交差点前のドンキでピアッサーを買って。
TOHOシネマズのゴジラに見守られながら、細っこい街路樹の下でブチあけた穴だという。


「いやー酔っ払って穴あけると、マジで目標ズレちゃうもんだってゲラゲラ笑ったね。こんな顔ギリギリのとこにあくことある?はーウケる」

最悪の夏の大三角形誕生秘話である。
ピアスとかいう一生モンの傷痕を、よくもまあそんな徹頭徹尾カスの逸話に昇華できるのか。
しかもこの話、大学卒業して社会人になってかららしい。百歩譲って中高の痛いクソガキ時代にやっててほしかった。


でもさぁ、とおそらく当時と変わらない酔っ払いトーンで先輩は続ける。
本当はそのメンヘラ女に、昔からピアスをあけてもらいたかったので、あれはちょうどいいタイミングだった、と。

先輩の人生などよく知らんが、陽キャ寄りの先輩の耳のちょうどいいとこに風穴ブチあけられる、もっとマトモなピアス友人なんて他にいることは想像に難くない。
なのになぜ、よりにもよって、歌舞伎町の路上でコトに及ぶような女を選んだ?

「だってピアスってさぁ、一生モンの傷跡じゃん。そいつが明日あっさり死んでも、私の身体には残り続けるんだよね」

先輩はそう言って、これはヒモだった元カレ〜、こっちは小学校の悪童〜とデネブとアルタイルを指差していた。
左耳のふたつのピアスも誰かがあけたものらしいが、誰があけたものなのかはあんまし興味なかったので覚えていない。


君にも私にピアスをあけて欲しいんだけどさぁ、と、後日先輩が会社を退職する時に言われた。
丁重に丁重を重ねてバーーーーカとお断りしておいた。

いまでも、ピアスをしているアイドルの推しができるたび、あれは私があけてやりたかったのに!と先輩にLINEしている。
先輩のピアスは、あれから増えていないそうだ。

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