Wレインボーに母を思う
点滴を外してから6日目の午後3時45分。
母は眠るように息を引き取りました。
夕方から土砂降りの雨が降り、棺が実家に到着したのは午後7時半。
レビー小体型認知症と診断された時、余命は7年くらいだ、と聞いていました。でも実際は10年余りの命を延しながら人生を全うした母でした。
亡くなる2日前にベッドで座った母
終末期に入ってから訪問看護とリハビリが入りました。
リハビリでは、絶食状態で寝ている母を支えナシで座らせる…という試みもありました。
でも、亡くなる一週間前には酸素マスクになった。さすがに酸素マスクをした状態では無理だろう…と思っていたのです。が…なんと!亡くなる2日前にもベットに座ったんですよね。
この時は、父とリハビリ師に支えられて座ることにはなりましたが…。
母と付き合いの長い訪問看護師が用意してくれたメモ帳に、その時の記録が残っています。
亡くなる2日前には、チアノーゼも出ている。
なのに座れた。
ほんとうに凄い!
傍にいた父が家族ラインに母の様子を動画や写真で送ってくれ、家族みんなで感激しました。
人間の体ってほんとうに不思議ですね。
不思議体験はつづく
母は、晴れ女なんです。
亡くなる一か月前から台風が何度も発生してお天気は不安定。亡くなった日の午後も台風接近で嵐のような大雨が降りました。
でも、自宅に帰ってきた途端に台風はどこにいったのやら…
通夜は2日後に行われたのですが、その時も真夏並みに晴れてきて暑くて、暑くて…。
そして火入れ(火葬)の日。
自宅で最期のお別れをしたのですが、
その日もめちゃくちゃ晴れて暑かった。
家族で「母さんって晴れ女だよね~」と笑っていたほどです。
そして収骨。
その時にかかったのがWレインボーでした。
空半分は雨が降っていて半分はWレインボー!
収骨室の窓枠から見えたWレインボーに驚きでした。
そしてその後に行われた葬儀でもWレインボーが。
どんだけ~♪ってみんなで笑ってました。
母はみんなを笑顔にしてくれる。
生前の母は、ものすごく怖かった人でしたが
本来の母はとても笑顔でお茶目だったのかなーと
家族の笑顔に思ったのでした。
初七日にもWレインボー
母の不思議さは葬儀だけでは終わらない。
初七日にもWレインボーでした。
こんなに何度もWレインボーに遭遇するなんて(笑)
家族みんなにたくさんのメッセージを伝えて
母はもう生まれ変わっている。
最近そんなことをヒシヒシ感じています。