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Wレインボーに母を思う

点滴を外してから6日目の午後3時45分。

母は眠るように息を引き取りました。

夕方から土砂降りの雨が降り、棺が実家に到着したのは午後7時半。

レビー小体型認知症と診断された時、余命は7年くらいだ、と聞いていました。でも実際は10年余りの命を延しながら人生を全うした母でした。





亡くなる2日前にベッドで座った母


終末期に入ってから訪問看護とリハビリが入りました。

リハビリでは、絶食状態で寝ている母を支えナシで座らせる…という試みもありました。

でも、亡くなる一週間前には酸素マスクになった。さすがに酸素マスクをした状態では無理だろう…と思っていたのです。が…なんと!亡くなる2日前にもベットに座ったんですよね。

この時は、父とリハビリ師に支えられて座ることにはなりましたが…。


母と付き合いの長い訪問看護師が用意してくれたメモ帳に、その時の記録が残っています。

2024/10/1(火)家族用母の記録(訪問看護・リハビリ)


亡くなる2日前には、チアノーゼも出ている。
なのに座れた。
ほんとうに凄い!

傍にいた父が家族ラインに母の様子を動画や写真で送ってくれ、家族みんなで感激しました。

人間の体ってほんとうに不思議ですね。

不思議体験はつづく


母は、晴れ女なんです。

亡くなる一か月前から台風が何度も発生してお天気は不安定。亡くなった日の午後も台風接近で嵐のような大雨が降りました。

でも、自宅に帰ってきた途端に台風はどこにいったのやら…
通夜は2日後に行われたのですが、その時も真夏並みに晴れてきて暑くて、暑くて…。

そして火入れ(火葬)の日。
自宅で最期のお別れをしたのですが、
その日もめちゃくちゃ晴れて暑かった。

家族で「母さんって晴れ女だよね~」と笑っていたほどです。

そして収骨。

その時にかかったのがWレインボーでした。


空半分は雨が降っていて半分はWレインボー!

収骨室の窓枠から見えたWレインボーに驚きでした。
そしてその後に行われた葬儀でもWレインボーが。

どんだけ~♪ってみんなで笑ってました。

母はみんなを笑顔にしてくれる。

生前の母は、ものすごく怖かった人でしたが
本来の母はとても笑顔でお茶目だったのかなーと
家族の笑顔に思ったのでした。

初七日にもWレインボー


母の不思議さは葬儀だけでは終わらない。

初七日にもWレインボーでした。
こんなに何度もWレインボーに遭遇するなんて(笑)

家族みんなにたくさんのメッセージを伝えて
母はもう生まれ変わっている。

最近そんなことをヒシヒシ感じています。



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