#わせパラ応援団 パラ水泳
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ゴールまであとちょっとだ。もう少し。
壁に左腕が触れる。
顔を上げる。
視界に光が溢れた。太陽の光で水面がキラキラしている。目の前のプールサイドに打ち寄せる波がじゃぶじゃぶと音を立てている。
短く息をつく。唾を飲みこむ。
ふとまわりの音が耳に入ってきた。女の人の喋っている声だ。男の人の笑い声も聞こえる。和やかに雑談しているようだ。
周りのレーンをちらりと見ると、泳いでいる人の姿がちらほら見えた。
何秒だっただろうか。いつもより遅かった気がする。ターンがうまくいかなかったし、最初とばしすぎた。あとは飛び込みの勢いも足りなかった気がする。
少し振り返っただけでも直したいところはいくつもあった。逆に言えばそれだけ伸び代があるということだ。
ふぅと息を吐いて天を仰いだ。夏の少し霞んだ空がそこに広がっていた。
僕が水泳を始めたのは、9年前、9歳の時だった。生まれつき右腕の肘から下がなくて、左腕はあるけれど指は3本。両脚はどちらも太腿くらいまでで、右脚より左脚の方が少し長いのが特徴だ。
車椅子での生活だった。これといった特技はなかったが、人並みに楽しく生活していた。
そんな平凡な僕を水泳の道に引き込んだのは、とある選手の存在だった。
鈴木孝幸選手。
彼はパラ水泳の選手で、僕と全く同じ四肢欠損を抱えていた。そんな彼が試合にでているところを初めて見たのが、2012年のロンドンパラだった。鈴木選手はその大会で、銅メダルを獲得した。彼は過去のパラリンピックでも金銀メダルをとったことのある選手だった。なんと2004年のアテネ大会では、今の僕と同じ高校3年生で銀メダルをとったらしい。
僕と全く同じ四肢欠損を抱えた人間が、メダルを取れるほど、何か秀でた特技をもっているのか。僕にも、何か特技を見つけられるんじゃないか。
そんな思いから、9年前の夏、水泳を始めた。
幸い水は嫌いじゃなかった。徐々に泳げるようになって、最近はまっすぐ泳ぐことを意識して練習している。鈴木選手も高校生の頃、まっすぐ泳げるようになるまでひたすら練習していたらしい。僕らのように、四肢欠損でしかも左側の腕と脚だけ少し長い場合、泳いでいると身体の右半分だけ浮いてしまいがちになる。バランスを崩してコースも曲がってしまうのだ。だから、四肢をバラバラに動かすのではなく、身体全体を一つの塊として運んでいくイメージを叩き込んでいる。これは鈴木選手のやり方だ。わかりやすく言うと、クロールをする時は、短い右腕で掻くタイミングに合わせて、左脚を身体の中心に向かって横にキックするのだ。こうやって左脚を魚のヒレのようにして動かしている。
鈴木選手の身体の作り込み方、動かし方は唯一無二だ、自分のことを一番理解していると思う。
例えば、身体全体をコンパクトに、ひと固まりとして泳ぐために必要不可欠な体幹。鈴木選手は幼い頃から腕に靴を履いて四足歩行で移動していたらしく、それも鍛えられた体幹へと繋がっている。四足歩行をしていると、肩甲骨を前脚の骨盤として動かす野生の感みたいなものが働くそうだ(笑) 僕もそれを見習って、家の中での移動は四足歩行にしている。驚いた母に叫ばれるのは日常茶飯事だ(笑)
それともう一つ特徴的なのは、蛇のようにうねる上半身だ。鈴木選手は背中にたくさんある多裂筋を連続的に動かせる。こうやって柔軟な身体にすることで、泳いでいるときに絶妙なバランスを保てるようにしているらしい。例えば、隣のレーンからの波で上半身が煽られても、身体の柔軟性を上げていれば他の部分でバランスを上手く保ちやすくなる。僕はまだガッチガチに硬いけど(笑)
こんなにも特徴的な身体の使い方を、誰かを真似るでもなく独自に研究してきた鈴木選手の不屈の精神には脱帽する。本当に、すごい。
いよいよ、明日だ。
明日、東京パラリンピックの予選に鈴木選手が出場する。
ずっと楽しみにしてきた。
期待と、不安。どちらもある。
でも、きっと鈴木選手は僕の想像以上の泳ぎを見せてくれるんじゃないか。
そんな希望があるから、僕は今日も頑張れる。
さぁ、もうひと泳ぎしよう。
プールの水の冷たさが心地よかった。
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お疲れ様でした〜!!
ここまで読んでくださりありがとうございます😭
ついに東京パラリンピックが始まります!今日の開会式の日本選手団旗手には、早稲田大学出身の選手がお二人、選ばれていたんですよ!早稲田生としては鼻高々です。
そして明日のパラ水泳予選にも、早稲田大学出身の選手が出場します!
ということで、パラ水泳について、水泳経験歴5年でスクールの検定試験のたびに緊張でお腹を壊していたような私が、なけなしの想像力を最大限使って文章を書かせてもらいました(笑)高校生の青春のキラキラ感、夏のワクワク感、憧れの人の試合出場に向けた緊張感を少しでもお伝えできればなぁと思います。
明日のパラ水泳予選、ぜひ観てみてください!
※鈴木孝幸選手の情報は事実を基にしましたが、主人公は架空の人物です。
鈴木孝幸選手
・1987年1月23日生まれ
・生まれた時から両足と右手がない。パラリンピックはアテネから5大会連続出場。北京大会では金メダル獲得。2013年からイギリスを拠点に強化を続ける。2018年アジアパラでは日本選手史上最多の5個の金。2019年世界パラで出場5種目で表彰台も内定逃がし、2021年選考会で条件満たす。
(・早稲田大学教育学部の卒業生です!)
🏊🏻♂️これからの予定🏊🏻♂️
・8月25日(水)午前10時12分
男子50m平泳ぎ SB3(運動機能)予選
・8月26日(木)午前9時17分
男子100m自由形 S4(運動機能)予選
・8月28日(土)午前9時32分
男子150m個人メドレー SM4(運動機能)予選
・8月30日(月)
男子200m自由形 S4(運動機能)
・9月2日(木)
男子50m自由形 S4(運動機能)
ライブ映像はこちらから↓
https://sports.nhk.or.jp/paralympic/athletes/suzuki-takayuki-10246/
参考
・NHK東京2020パラリンピック
https://sports.nhk.or.jp/paralympic/athletes/suzuki-takayuki-10246/
・早稲田大学オリパラ推進室
https://www.waseda.jp/inst/tokyo/news/2021/05/24/8867/
written by さわちん