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高齢者施設での心タンポナーデ

出勤して引き継ぎを終えて朝一番に行うのが班のミーティング。それから車両や資機材に不具合が無いかを点検する。その点検中に救急要請が入り、「92歳女性、サーチ低下」という内容で高齢者施設からの要請であった。

 感染防止のガウンに着替えて、急ぎ救急車に乗り込み出動。現場に向かいながら、指令センターからの無線で追加情報が送られる。「サーチは現在のところ98%あり、意識も清明です」との内容。これを聞いて、「低下と聞いていたがそこまで緊急性はないのか?」と思ったが、看護師もいる施設からの要請でもある為、安易に判断するべきではないなと考えを切り替えた。

 現場に到着すると、施設職員が誘導する為、外で待機していた。傷病者は3階にいるとのことで、エレベーターに乗り込み、向かいながら職員に普段のADLを確認したところ、「全介助の方で普段から会話は難しく、自らの訴えはないです。」とのこと。 訴えがなければ、身体所見からの情報のみで状態を把握しなければいけないなと思った。

  3階の傷病者がいる部屋へ案内されると、看護師1名が傷病者に付き添っており、ベッドに寝た状態で酸素マスクで5Lの酸素投与が行われていた。看護師によると、酸素投与を行う前は90%以下まで低下しており、投与を開始すると98%まで改善し、中止するとまた下がるとのこと。声かけしながら初期評価を行うと、口唇チアノーゼが見られ、発語は無いがこちらを見る様な動作あり。呼吸は若干喘鳴があり、橈骨動脈は充実で脈拍数は正常範囲だった。

 バイタル測定を行ったところ、意識レベルはJCSⅡ-10だが普段通り、呼吸24回/分、脈拍数70回/分、血圧140/40、サーチは酸素マスク5リットル投与で97%、体温35.9℃であった。数値のみを見ると差し迫った値ではいので緊急性はそこまで高くない?と一瞬思ったが、身体所見にチアノーゼ及び喘鳴が出ていることを鑑みると、身体が無理していることは明らかであった。

 ストレッチャーをベッドに横付けして、隊員と施設職員数名でベッドのシーツを使って傷病者を持ち上げてストレッチャーに移す。酸素チューブを施設のボンベから救急隊のボンベに繋ぎ変えて、急ぎ救急車へ向けて移動を開始。移動中、施設職員に発生概要を確認すると、「昨日からサーチが82%まで低下していて、喘鳴と口唇チアノーゼも出ていたので、酸素投与を開始しました。そしたら、サーチは98%まで改善したんですけど、喘鳴と口唇チアノーゼが続いていたので、救急車を呼びました。」とのこと。また、現病に腎不全と心不全があるとの情報も得る。傷病者の状態や得た内容から考えると、「心原性による循環不全?」と思った。

 傷病者を救急車に収容後、施設職員も同乗させ通院先の救急病院へと出発した。搬送中の車内では、急変に備えつつ同乗者に普段のバイタルだったり、アレルギーや過去にも同様の症状がなかったか等、傷病者の情報を聴取する。病院が割と近かったこともあり、特に容体変化も無く、無事病院に到着し、医師に引き継ぐ。


 後日、診断結果が消防署に送られてきた。結果は「心タンポナーデ」という病名であった。


…驚きだった。

なぜならこの疾患の原因はいくつかあるが、最も多いのは外傷によるものだからである。施設で胸に交通事故レベルの衝撃が起こるとは考えにくく、仮に起こったとしてもその時点で職員が気付き通報するだろうと思われるからだ。

この病気は心臓を包む膜の中に血液が溜まり、心臓がちゃんと拍動出来ないというもの。

大動脈解離や心筋梗塞といった心臓の病気から心タンポナーデを起こすことはあるが、それだと別の症状が出てもおかしくない。

教科書通りではい、これが現場かと思わされる事案だった。

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