今月3回道を訊かれた。おとといは家を出た瞬間『カレー屋ありますか』って訊かれた。どうして方向音痴なのにこんなに道を訊かれる人生なのか。顔が丸いから話しかけやすいんだろ。そうだろ。 暑がりなので人がいないところではマスクしないで歩いてるんだけど、それでも声をかけられる。よりによってこのご時世によくマスクしてない丸顔に話しかけるなあと思いながらも、わかる範囲で答えている。 きれいなバレッタを買ったので、どうやって付けようかと思い、いろいろなヘアアレンジを試してみた。自分の頭と
さくちゃんがいなくなって、はじめて夢にでてきた。 夢の中のさくちゃんはなぜか字を読んでいて、 『さくちゃん字が読めるようになったの?』と訊くと、嬉しそうにしていた。 『おてがみよんだ?』と訊くと 『うん』と答えた。 さくちゃんが旅立った7月10日 翌日さくちゃんがお空に行くとき、手紙を書いて持って行ってもらった。 その手紙をきっとさくちゃんは読んでくれたのかなって思った。 夢の中のさくちゃんは、ちょろちょろして、ふわふわで、夢じゃないみたいだったよ。 腫瘍が
通り過ぎて行ったタクシーの後ろの窓に、でっかい眠眠打破のポスターが貼ってあった。眠いんかな。怖いわ。無理しないで。 温泉卵は失敗するし、バナナは大事にとっておきすぎて腐らせる。相変わらずよく道を訊かれるし、切符の買い方とかも訊かれる。 道歩いてるだけで知らんじいさんに『コラァ』って怒られた。怒られる心あたりなんて暑くてマスクしてなかったことと、不細工なことくらいしか思い浮かばない。マスク警察だったのか不細工警察だったのか、それともデブ警察か。 そのあとすぐ、工事現場から
さくちゃんがいなくなったり、引っ越しをしたり、いろんなことがあって、2か月くらい文章がかけなかった。 いくつか書いてはいたんだけれど、ひとつも完成しなかった。 パッパラパーのことを知っている人で、noteまで見てくれてるひとって、相当好きでいてくれてるんだとおもうの。 読んでくれてありがとう。 『出店しないんですか?』って質問も何回かいただきました。 ぜーんぶひっくり返して見直すという作業は、思った以上に膨大で、思った以上に自分がきちんとやりたいってことにも気づいて
パッパラパーのホームページをようやく作り変えました。まだ準備中のところがあるのですが、よかったらご覧ください。 https://papparapamio.wixsite.com/papparapa パッパラパーは春以降、食堂喫茶の営業をお休みしています。ウイルスの影響をたいして受けていないような顔をして生きているけど、このウイルスによって考え直すこと、見直すことを掘り起こして、ひとつづつ確認していく3か月でした。 わたしたちは夫婦で活動しています。そうすると暮らしとパッ
Twitterでちょこちょこ言っているのだけれど、ハツカネズミのさくらちゃんのおしりに大きな腫瘍ができた。最近はその腫瘍を噛んでしまうことがあるため、ほとんどの時間だんなしかわたしがさくらちゃんを見ている。通称“さく当番”はわたしの担当は深夜から朝の4時までと日中で、だんなしは朝の4時から仕事に行くまで見ていてくれる。 噛んでしまうし、見ていて痛々しいし、なんとかしたくて、病院に行っていろいろなことを試した。そのうちの処置のひとつをやった日の夜、それが合わなかったようで、さ
夢と現実の狭間を泳いでいるときって、大昔のことを思い出してしまうことがある。 今朝、その狭間を泳いでいると、昔付き合ってた人に『みおちゃんと付き合ってるのは暇つぶしだよ』と言われたことを思い出した。思い出したらなんかめちゃくちゃ笑えてきてしまったので、今日はその話。 暇つぶしと宣言されたわたしはどうしたかと言うと、『暇つぶしでもなんでもいいわよ。わたしはあなたを好きよ。それでいいじゃないの』という思考になった。恐ろしい。不幸になる予感しかしない。仮に暇つぶしでも言っちゃう
朝突然、自分のピアスの穴が今も生きているのか気になった。わたしの耳には左右で5つの穴が開いている。30歳を過ぎてからなんだかめんどくさくなってしまって、もう数年入れていない。 家にたった1セットだけあるピアスを、ひとつひとつの穴に突き刺してみることにした。意外と通る。なんだおまえまだ生きていたのか。5つの穴にひとつひとつピアスを突き刺すと、それぞれの穴を開けたときのことが蘇る。 はじめてピアスの穴をあけたのは、20歳の夏だった。友達と薬局でピアッサーを買ってからカラオケに
ときどきどうしようもなく救いようのない夢を見る。ちゃんと覚えてるわけじゃない。忘れたころに見る。あたたかくてやさしくてどうしようもない夢。 かけぶとんカバーが届いた。実家から持ってきたのをずっと使っていて、このたび毛玉だらけのボロボロになるまで使い込んだので、初めて新しいのを買った。シーツが紺色なので、青いカバーにした。リバーシブル?みたいになってて、濃い青と水色の面がある。とても気に入った。わたしの好きな色は青とピンク。ずっと変わってないこと。寝具は寒色がよい。暖色だとな
部屋の蚊がやばい。ほんとにやばい。一匹倒したと思ったらもう一匹、無限に出てくる。ここ数日こうなので参った。寝不足だ。やめてほしい。100歩譲って部屋にいてもいいから、寝てる耳元でぷーんって囁くのやめろ。 うちは古い木造アパートで、これまでも夏場に蚊がいることはあったんだけど、去年まではここまでではなかった。家のあらゆる隙間が広がっているとしか思えない。こうなるまえは快適に暮らしていた。古さも小ささもすべて楽しみながら、それはそれは豊かに暮らしていたんだ。それがここにきてこの
去年のブログを読み返すと、作られた言葉ばかり書いていてむずっとする。それも歴史だからとっておくけど、写真を見返すと誰かに作ってほしいと言われたものばかり並べていたんだなと思う。自分が作りたいもの作ってるように見えるけど、これはちょっと違うなあと今は思う。 脱線も遠回りも道であることに変わりはない。後悔はないし、それがあったからこういうものを作ろうとか、こういう風に生きようとか今思えるのであって、違うことをしてしまっても、間違えたとしても、それを悪いことにするか、栄養にするか
だいたい夜中まで起きているけれど今日は遅すぎる。動画のあれこれを勉強しながら編集していたらこんな時間だ。だんなしは暑そうに寝返りを打っている。 自分は不眠症なんじゃないかと思っていたけれど、夜中に眠れば途中で起きることもなくぐっすり眠れる。朝きちんと起きて生活しなければと思い込んでいたけれど、人それぞれリズムがあるのだから、自分に合った生活リズムで生きた方がストレスがなくてよい。 今日の夜ご飯(もう昨日か)は、チキンドリアとミネストローネを作った。ミネストローネの具は、た
世界中が一色に染まっているときって、胸のあたりがもやっとして表に出たくなくなる。 ありがとうって心の奥から生まれてくるもので、やりましょうっていわれてやるもんじゃないと思う。 感謝をしたい、そう思ったときに伝えることにした。病気になったとき、『ありがとう』は当たり前の中にも、めんどくさいの中にも、いやだなと思うものの中にもあるもの。そういう風に思った。もっと当たり前の中にあるものがいい。わたしの中では少なくとも、誰かや世界にやりなさいと言われて生まれるものじゃない。自分が
スーパーで買い物をして、袋詰めしているとき、昔のことを思い出した。 お泊りでもするんだったか、なんだったか忘れたが、そのとき一緒にいた人とスーパーで買い物をしていた。袋詰めするときになって彼はこう言った。 『ビニール何枚か持って帰らないの?』 袋詰めスペースにある、肉とか魚とかを入れるのに使う、必要なぶんご自由にどうぞの、あのビニール袋のことだ。 『え、いらないし持って帰らないよ』 特になにも考えずにわたしはそう返した。だって何枚もいらないし、せいぜい肉のパック入れ
おうち時間っていうやつがはじまって一か月くらいになる。ここはわたしの場所なので、大きな声で言いにくいことを言ってしまうが、人と関わらないのラクかもしれんな…と思っている。 去年の日記を読み返した。全然おもしろくなくて吐きそうになった。『お客さんがたくさんきてくれました。嬉しかったです』とか『たくさん食べていただけて嬉しいです』とか、誰がそんな文章読みたいと思うんだよ。よくこんなクソつまんねえこと書けるよな鳥肌。出会っためっちゃ変な人の話とかしたい。変な人もいるし、腹立つこと
実は、リニューアル期間に、大きめの計画を立てていた。計画を立てたときには、まあたぶん行けるっしょくらいのつもりだったけれど、その日が近づくごとに事態が大きなことになっていて、ウイルスの運搬をしてしまうといけないので今回はやらないことにした。 『鳥取に行きます』と宣言したものの、世界が揺れている。どんどん大きく揺れ動いている。すべてタイミングや動きというものがあるので、ここは流れに任せるしかないのかもと思う。世界がどうなるかいろんなパターンを想像して、この先の自分たちの感情も