瓶の中に
少年の家の近所には、それはそれは大きな屋敷があった。
話によると、屋敷には何年もの間、人が住んでいないらしい。だがそのわりには、塀から見える木は年中青々としており、枝も塀より先に出てこようとはしなかった。
少年は何度も中の様子を知ろうとした。見上げるほど高い塀を駆け上がろうとしたり、物干し竿の先にスマホを結わいつけて覗こうとしたりした。だがその度に人が通り掛かって注意されたため、中の様子はまるでわからなかった。
だが明くる日、少年は屋敷の塀に穴を発見した。老朽化して崩れてでできた穴にしては、整った形をしている。少年は好奇心に促され穴を通り抜けた。
広い庭に出た。青い芝生や幾何学的に刈り込まれた生垣、木製のブランコ、噴水、東屋などがあった。散りっ葉一枚落ちていない、綺麗な庭だった。噴水からは水が流れ出している。
やはり誰かいるのでは? 少年は注意深く周囲を見渡したが、人影はまるでない。それどころか小鳥の囀りや風の音さえ聞こえなかった。
ますます好奇心に駆り立てられ、少年は玄関に向かった。呼び鈴を押す。返事はない。ドアノブを引いてみる。鍵は掛かっていなかった。少々様子を窺った後、中に入った。
自身の心拍が聞こえそうなほどに、屋敷の中は静かなだった。人気はなく、家具もなく、そして埃もなかった。少年はしばらく探索したが、やはり誰もいなかった。
少年が諦めかけた、その時だった。いたずらに触れた本棚の本が押し込まれ、それによって棚がスライドし、下へと続く階段が現れた。少年は迷わず階段を降りた。
降りた先は少年の通う学校の体育館ほどの広さがあった。そこには所狭しと棚が並んでいた。棚同士は、人が横向きにならないと通れないほどの間隔しかない。
棚には、大小様々なサイズとフォルムの瓶が収められている。これまた所狭しと。
その中身は多種多様だった。蛇の脱け殻、鳥の羽根、貝殻でできたボタン、飴玉、メダル、石、ナット、色あせた紙、小瓶……。三分の一ほど巡ったところで、少年の口から欠伸が出た。
しかし少年は、ある棚から息をするのも忘れた。瓶の中に収められていたミニチュアの精巧さに、少年は目を奪われ、心酔したたからだ。
その一つ一つを、じっくりゆっくりと観て回って行く。破壊された戦闘機、グラウンドつきの校舎、椅子に座ったフランス人形、ドクロマークを掲げた帆船、色鮮やかな紅葉の山々、ベッドに横たわる女の子──
少年は目を疑った。見間違いかと思い、瓶に鼻を着けるほどに近づく。
微かに、だが確かに、布団は上下していた。ややあってその女の子は寝返りを打った。
刹那、キンコンカンコンとチャイムが聞こえてきた。まさかと思い、少年は少し前の棚に戻る。
瓶の中のグラウンドには小さな点が蠢いていた。その点は、すべて人だった。米粒より小さな子供が、元気に遊んでいる。
混乱の最中、斜め下にあった瓶に目が止まり、腰を抜かした。フランス人形だと思っていたものが実は本物の人間で、彼女がこちらをジッと見ていたからだ。
彼女は、少年から見て右の方向を、仕切りに指していた。そちらへ目をやると、蓋のない、空の瓶があった。
その瓶の口の縁に触れてしまったのが、運の尽きだった。以来少年は、瓶の中で保存されている。
もとより屋敷に入った時点で、少年の運命は決まっていたようなものだった。この屋敷自体も、巨大な瓶の中に収まっている。少年が入った直後、塀の穴、もとより瓶の口は固く閉ざされた。
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