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【長編小説】リトライ;リバース;リサイクル #45

【語り部:陜ィ�ィ雎趣ソス陜ィ�ィ陷�スヲ】

 死を目の前にしたおれに、優しく接してくれた人間は一人しかいない。
 君が唯一無二なんだ。


【語り部:五味空気】

 端的に言うと、どうやら俺は少女の実力を見くびっていたようだ。
 この勝負、どうしたって小回りの効く天神絶途が有利だと考えていたのだが、少女はそれに全く引けの取らない戦いを繰り広げてみせたのだ。
 一見しただけでも相当な重量感を誇るとわかる大鎌を、まるで身体の一部のように自在に操り。舞うような身のこなしで天神絶途の攻撃を避け、大鎌を薙ぐ。薙いだあとの僅かな隙すら少女にとっては計算の内のようで、相手の攻撃の先を読んでは反撃に出る。無防備になりがちと思えた大鎌は、なにも刃先だけが攻撃有効部位ではないのだ。もちろんあの冗談みたいに大きな刃に当たれば即死は免れないが、少女が用いている基本動作は棒術のそれだ。柄が、矛にもなれば盾にもなる。大鎌自体が規格外の強さを持つなら、それを扱う少女は常識外れと言えよう。
 しかしこれだけの動きを魅せながら、少女の表情は動かない。無表情に、無感動に、ただ義務的な殺意を燃やしている。相対する天神絶途が、スポーツを楽しんでいるかの如く口元に笑みを浮かべているだけに、少女の無表情はこの場で浮いていた。恐怖も、焦燥も、高揚も、興奮もない。意思ではなく義務から生じる殺意が、少女をこうさせているのだろうか。
 淡々と、ただただ殺さなくてはいけないから。
 だからそこに、感情は要らない。
 そう己に言い聞かせているような表情で、俺にはそれがひどく異次元めいて見えた。
 ここに居るのに、ここに居ないような。
 手応えがあるのに、空を斬るような。
 常に無表情で、だけどその裏に確かに在った少女の豊かな感情が、完全に姿を潜めてしまっている。
「――っ」
 そんな危険なものを見続けていると自我が崩壊してしまいそうな気がして、俺は堪らず目を逸らした。
 すぐ近くから、絶えず少女と天神絶途の刃が交錯する音が響いてくる。今のところ、あの二人の実力は肉迫している。だが、それが瓦解するのはそう遠くない。俺はその瞬間がなによりも怖かった。
「……」
 出血の勢いが弱まっていることを確認してから、俺は自分の居る小部屋をぐるりと見回した。なにか武器になりそうなものはないだろうか。少女に万が一の事態が起きた場合に備えるのはもちろんのこと、俺も自衛手段くらいは持っておきたかった。
「……ん?」
 そしてすぐに、俺はこの場に違和感を覚えたのだった。
 日が傾き、来たときに増して薄暗い廃工場内に目が慣れてきたところで、人が居た形跡を発見したのである。
 まず目についたのは、寝床にしていたらしいタオルケットやランタン。そして空になったカップ麺や缶詰の山。それらから推測するに、ここには数ヶ月ほど誰かが一人で滞在していたようである。ホームレスが住み着いていたのだろうか――いいや違う、そうじゃない。俺が奇妙だと思ったのは生活痕ではなく、という点だ。
「……」
 はっきりと断言できるわけではない。けれど身体のほうが覚えているのだ、どこになにが置かれているのかを。その証拠に、足元のタイルを一枚外すと、そこには食糧が隠されていた。
 まただ、と思う。
 宇田川社の通り名にしろ、戦闘行為に身体がついていけることにしろ、そうだった。
 俺の知らないことを、俺は知っている。
「……」
 寝床のほうへ、そろそろと手を伸ばす。記憶が正しければ、ここにがあるはずなのだ。それは今の俺が欲しているものであり、そこに恐怖の抱きようなどないはずなのに――伸ばした手は無様に震えていた。氷で背筋を撫でられたかのような感覚に陥る。心臓が飛び出してきてしまいそうなほど跳ね上がる。ぞくぞくして、ぞわぞわする。
「――やっぱりかあ」
 果たして、タオルケットを捲った先に、は在った。
 どうやらここで数ヶ月に渡り潜伏していたのは、記憶を失う前の俺で間違いないようだ。
 身に覚えのない記憶にある通り、そこには拳銃が隠されていたのだ。しかもトカレフ――少女に捕まったときと全く同一のモデルである。だが、弾は入っていなかった。弾倉のストックもない。別のところに分散させて隠していたのだったか。
 右手でトカレフを握ると、これ以上ないくらいによく手に馴染んだ。そうしてそれを眺めながら、これは寝込みを襲われたときの為に置いていたものだったことを思い出す。不必要に殺されるわけにはいかないから、もしも日本にいる昔の知り合いなんかがお礼参りにやって来たら、これで返り討ちにしてやるつもりだった。
 だってそうだろう? せっかくここまで頑張ってきたんだ。
「邪魔してくる馬鹿は、ぶち殺すに決まってんだろ」
「――っ?!」
 なんだ、今の。
 慌てて振り返るが、そこには誰も居ない。当たり前だ、こんな廃工場にそう何人も居てたまるものか。しかし今、確かにすぐ近くで、誰かの声が聞こえた。いいや、『誰か』なんて曖昧なものじゃない。今の声は間違いなく、夢で何度も聞いたそれだった。
 夢の終わり、俺の死に際に登場する声の主が、すぐ近くに居る。否、俺だってもうわかっていた。声のした場所が『すぐ近く』どころではないことくらい。
 だけど、駄目だ。
 その先を、、知ってはいけない。
「――」
 さっきとは異なる緊張で、心臓がぎゅうっと握り締められるような思いがした。
 見てはいけないものを覗き込んでいる感覚。
 禁忌に触れてしまった罪悪感が、俺を満たしていく。
「俺は……おれ、は……?」
 頭の中を他人に引っ掻き回されているようで、気持ちが悪い。一旦落ち着かなくちゃ。
 そうだ落ち着け。深呼吸だ。よし、それじゃあ、自分の名前を言ってみろ。
「おれ……俺は、五味空気……」
 そうだ、お前は五味空気だ。
 五味空気がするべきことは、なんだ?
「俺は……なにがあろうと、あの子の命を護らなきゃならない」
 少女を一目見たときから、護らなきゃって思ったんだ。
 この子は、俺の命に代えても死なせてはいけない大切な存在だって。
 だけど、その理由はなんだ?
 何故そこまで少女に固執する?

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