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【長編小説】リトライ;リバース;リサイクル #26

【語り部:五味空気】

「ところであちゃさん、ひとつ訊きたいことがあるんすけど」
 使用済みの包帯を片づけながら、世間話の気軽さで話題を振ってくる女子中学生。
「貴方、清ねえのこと、どうしたいと思ってるんすか?」
「……どうしたいって、なにが」
「やだなあ、すっとぼけるんじゃねえですよ」
「すっとぼけるもなにも……」
 主語の抜けた会話に全くもって見当のつかない俺を尻目に、女子中学生はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。
「あんなに素敵なお姉様と出会って、その魅力に魅せられないわけねえっすもん。ねえあちゃさん、清ねえをどうしたいと思ってるんすか?」
「……」
 なんとなくだが、女子中学生の言わんとするところが読めてきた。
 たぶんこの子、この地下牢には全くそぐわない恋愛話を展開させようとしている。
 男と女が出会ったら必ず恋愛沙汰に発展するとでも思っているのだろうか。とてもじゃないが、今の俺に恋愛を楽しむような心のゆとりなどない。
「おろ? 清ねえで駄目なら、わたしで考えても良いすけど」
「……は?」
 反応の鈍い俺に、女子中学生は首を傾げながらにそんなことを言う。
「じゃあ、ドクターでなら考えられるっすか? わたし的にはそれでも大歓迎っすよ」
「あのさ、人の趣味にとやかく言いたくはないけど、その、君の趣味に俺を巻き込むのはやめてくれる? 俺、そういうんじゃないし……」
「おろろ? あちゃさん、なんの話してるんすか?」
 女子中学生は怪訝そうな表情で尋ねてきたが、それはこっちの台詞である。
「いや、的無ちゃんこそ、こんなところで恋愛話って、一体なんのつもりで――」
「馬鹿じゃねえっすか」
 しかしながら、女子中学生は吐き捨てるようにして俺の予想を否定した。
「わたしが訊いてるのは――殺したいかどうかっす」
「……?」
「逆に、こういう場所に居て、殺す殺さない以外に考えることなんてあるんすか?」
「ええ……?」
 最初の質問の主語は明言化されたが、それでもピンとこない。大鎌少女と、女子中学生と、医者猫男。この三人を殺したいか否かなんて、どうして訊く必要がある?
「あーもう、ごちゃごちゃ考えなくて良いんすよ。貴方は殺したいかどうかを答えさえすれば、それで良いっす。あちゃさんの思考はノイズが多過ぎて読みにくいから、それなら直接訊いたほうが早いなって思っただけだし。それとも、スタンガンがあったほうが答える気になるっすか?」
「そ、それは嫌だ!」
 おもむろにポケットに手を突っ込んだ女子中学生に、ほとんど反射的にそう答えた。地味に意識が朦朧とするし、痺れは残るしで、スタンガンはもう懲り懲りなのだ。
「じゃあとっとと答えろください、面倒臭いなあ」
 ポケットに手を突っ込んだまま、回答を迫る女子中学生。
 答えを渋ればスタンガン、嘘を言えば拘束具によるおしおきのようだ。
「状況にもよるだろうけど――君は殺せると思う」
 少し考えた末、さらりと口から零れた言葉は、自分でも驚くほど非情なものだった。あまつさえ、こうして治療を行ってくれた子どもに、面と向かって俺は「殺せる」と答えてしまえた。
「――っ、ぐぅ!」
 そして案の定、凄まじい威力で首輪に首を絞められる。俺から「殺す」という言葉を引き出して苦しめたいだけなんじゃないのか、これ。質問の意図が読めなさ過ぎる。
「それじゃあ、ドクターはどうっすか?」
 首を絞められた反動で噎せていた俺が落ち着いたタイミングを見計らい、女子中学生は重ねて問う。
「あいつも、いける」
 想定するのは、あらゆる可能性を考慮した殺し合い。今の俺はこんな状態だから殺せるわけもないが、万全の状態でさえあれば、なんの疑問も抱かず当然のように殺せる気がした。
 俺の敵となるのなら、殺すだけ。
 決まりきったことだ。
「清ねえも?」
「あの子は……」
 ここ数日の記憶が脳内を駆け巡る。
 無表情で美味しそうに食事をとる少女。
 子ども扱いされたくなくて、必死に冷静沈着であろうとする少女。
 こんな俺にありがとうと頭を下げた少女。
「あの子は、そういうのじゃなくて――」
 数時間とない交流しか持たない少女に、どうしてだろう、殺意が全く湧いてこない。いくら少女が敵となる想定をしても、俺に少女を殺すことはできなかった。
 何故か。
 答えは簡単だった。
「――護りたい。そう思う」
 初対面で、自然と身体がそう動いたように。
 医者猫男と女子中学生を躊躇なく殺せると思ったのと同様、当たり前のルールとして、そう在るように。
 俺はあの少女の命を奪うではなく、護りたいと思った。
「なるほどー」
 俺の回答を受け、納得がいったように女子中学生は頷く。
「いえね、地味に気になってたんすよ。散々ぱら業務妨害してきたのに尻尾も見せなかった殺人鬼が、こうもあっさり捕まった理由。それと、貴方が身を挺して清ねえを庇った理由が」
「はあ……」
 曖昧に頷く俺に、しかし女子中学生は楽しげに語る。
「わたしは、わたしにとって関係のない人間はみんな殺しても良いと思ってるっす。関係がないから、特別な感情もない。どれだけ殺したって、どうとも思わねえんすよ。そういう人間は『殺せる』対象でしかねえです。反対に、『殺したい』或いは『殺したくない』と思える人間は、それだけで貴重な存在だって、わたしは思うんすよ」
 その論でいけば、俺にとって少女が貴重な存在ということになる。
 食糧を提供してくれるという点では貴重な存在だが、恐らく、女子中学生はそんなニュアンスで話をしていない。これはそれよりも、もっと心の深い部分にある話だ。
「あちゃさん。貴方は清ねえを『殺せる』でも『殺したい』でもなく、『護りたい』んすよね? それならそれは、間違いなく特別な感情っす。それが出会い頭からってんなら、答えはひとつっきゃないじゃないすか」
 征服欲ではなく庇護欲。
 敵意ではなく好意。
 つまりっすよ、あちゃさん。
 と。
 その碧眼を名探偵の如くきらりと光らせ、女子中学生は言う。
「貴方、清ねえに一目惚れしちゃったんすよ」
 ライバルっすね、と、女子中学生は歯を見せにしゃりと口角を上げた。
 なんだそりゃ。

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