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【長編小説】リトライ;リバース;リサイクル #20

【語り部:五味空気】

 恐らくは夕方頃。
 食料と『お茶』を携えやってきたのは、案の定、大鎌少女だった。今日も今日とて制服姿である。学校帰りにここへ寄っているのだろうから、今が夕方だろうと推測する。
「背中、もう抜糸したそうですね。おめでとうございます」
 コンビニのオムライスを食べながら、特別感情を籠めずに少女は言う。
 抜糸についてはなにも聞かされていなかったのだが、たぶん俺の意識が朦朧としている間にでも処置したのだろう。そう言えば、包帯が減った気もする。
「傷の治りが早いというのは、素直に羨ましいです」
 もぐもぐという擬音が聞こえてきそうなほど、少女は実に美味しそうに食べる。いや、表情はずっと無のままなんだけれど、どうしてだろう、こうして食事を共にするようになって三回目。少女の微妙な表情の動きも、なんとなくだがわかるようになってきた。
「そういやさ」
 ふと気になったので、おにぎりを食べながら、なんの打算もなく尋ねてみる。食事をとりながらの雑談なら応じてくれる少女のこと、本当に軽い気持ちの質問だった。
「どうして俺と一緒に食べてんの? というかそもそも、どうして俺の飯の世話なんてしてくれんの?」
 ありがたい話ながら、それが謎で仕方がなかった。
 少女からすれば、俺ははた迷惑な業務妨害をしやがった殺人鬼でしかない。俺はあの日、あの大鎌でぶった斬られても文句は言えない状況にいたのだ。殺したいほど恨まれているなら理解できるが、こんな風に施しを与えたいという考えに至る理由は思い当たらない。
 俺としては悪意ゼロの疑問を投げたつもりだったのだが、少女はそれを消極的な言葉に捉えたらしく、僅かに眉根が下がる。それを見ていられなくて、俺は急いで言葉をつけ足すことにした。
「あ、いや、だからその、ただの気まぐれなら、それでも良いんだ。こうして君と一緒に食べたりお喋りできて、いくらか気が紛れるからさ。ありがとうって、それだけ言いたくて」
「……貴方の所為です」
 きょとんとした様子で聞いていた少女は、俺の言葉を受けて少し表情を曇らせたのち、真っ直ぐに俺のほうを見て、言う。
「貴方があのとき、私を助けたりなんてするから……だから、その……」
 徐々に少女の言葉は震え、小さくなっていく。しかしそれでも少女は話すことをやめない。俺を見つめて、そして、礼儀正しく頭を下げる。
「あのときは助けてくれて、本当にありがとうございました。まだ死ぬわけにはいかないので、貴方には心の底から感謝しています」
「……てことは、飯はそのお礼?」
「そういうことです」
 少女は顔を上げ、肯定する。
 照れくさいのか、少しだけ頬が赤い。
「貴方が嫌だと言うならご飯も雑談もやめて、一切関わらないようにします」
「な?! いやいや、すっげえ助けられてるっ! 助けられてるからそれだけはやめて?!」
「そうですか」
 満足気に頷いて、少女は食事を再開させた。すっかり冷めているであろうオムライスを、より一層美味しそうに口に運んでいるように見えたのは、俺の気の所為だろう。
「でも、どうして急にそんな話を?」
 こてんと首を傾げて問う少女に、俺は、夢をみたんだよ、と答える。
「また夢で俺が殺された。今度はナイフで首をばっさり。夢ってわかってても、連日死ぬ夢をみてると、本当に死んじゃうんじゃないかって思ってさ。だからこうして俺が生きてるうちに、思ったことは伝えておこうかなって」
「……」
「どうかした?」
「いえ。殊勝な心がけだと思っただけです。死んだらお喋りなんてできませんもんね」
 それだけ言うと、少女はまたオムライスを一口食べた。
 以降はこちらに話を振るでもなく、黙々と箸を進める。今日の雑談は以上なのだと区切るような沈黙だった。

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