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【長編小説】リトライ;リバース;リサイクル #35

【語り部:五味空気】

「――はい、完成です」
 それから少しして、少女によるメイクアップが終了した。
「わあっ、清っちまた腕上げたねえ! みぃくん可愛いー」
 カメラ片手に戻って来た情報屋は、俺を見るなり感嘆の声を上げた。
 情報屋にメイクの腕を褒められた少女はまんざらでもないのか、少し得意気な表情である。
「鏡、見ますか?」
 そんな二人の反応を茫然と眺めていた俺に、少女はすっと手鏡を差し出してきた。
「えっ、良いの?」
「その手鏡を叩き割って破片を凶器に私達を殺せたところで、今の貴方はその格好のまま外に出られないでしょう?」
「ぐっ……」
 殺人鬼という容疑だけでも耐え難いというのに、そこに女装の二文字まで足されたくはなかった。やっぱりこの女装、嫌がらせ目的じゃないのか。
「どうします?」
「じゃ、じゃあ……」
 俺の目の前でひらひらさせていた手鏡を、いくらかの逡巡の末に受け取った。裏返しで渡された手鏡を、深呼吸してからひっくり返す。
「――これが、俺?」
 鏡に映し出されたのは、なかなかに美人な顔だった。
 その錆色の瞳には鋭さと人懐こさが同居していて、見る者を思わず油断させる力を持っていた。少女のメイクアップにより人懐こさが増長されたようで、鏡の中の美人はきょとんとした様子で俺を見返している。
 目元は華やかなメイクだが、グロスの色は控えめで、艶を出す程度と言ったところだろうか。肩まで届く内巻きウィッグの効果も相まって、これはどう控えめに言っても茶髪の美人がセーラー服を着ているようにしか見えない。ていうか、自分で言うのも悲しくなるが、セーラー服似合ってるな、おい。
 不自然にならない程度に首元へ目をやると、そこには物々しい首輪と共に、四鬼であることの印――菊の紋章が確かに在った。若干疑ってはいたものの、どうやら五味空気は本当に四鬼であるらしい。……いや、現在進行形で背中の傷が異常な速度で回復しているのを目の当たりにしておいて、今更という感じもするが。こうして自分の目で見ることで諦めはついた。自分は普通の人間ではないのだ、と。
 しかしながら、女装メイクのコツは足し算ではなく引き算とは言うものの、短時間でこれだけの完成度を持ってくるとは、実はこの少女、こんな物騒な裏稼業よりも美容系の才能のほうがあるんじゃないだろうか。
「なーんか一昔前の整形番組を観てるみたいだから、そろそろ良いかな、みぃくん」
 鏡に映る自分に見入っていると、情報屋の声が降ってきた。
「へ?」
 顔を上げると、そこにはカメラを構えた情報屋と、レフ板を携えた少女の姿があった。
「それではこれから、撮影会を始めまぁ~す」

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