【長編小説】リトライ;リバース;リサイクル #22
【語り部:五味空気】
「貴方の回復力がどれほどのものかという検証実験については、最終手段として置いておくとして……」
「えっ、ちょっと?!」
聞き返さずにはいられなかった。
回復力の実験って、とどのつまり、むやみやたらに切り刻まれたりすることを指すんじゃないのか? そんなのが計画段階とは言え、既に存在してるのか……?
「貴方を殺して、一体誰に、どんなメリットがあるんでしょう?」
しかし少女はその点について特に言及することなく、そんな問題を提示する。
「仮に貴方が不死身じみた回復力を持っているとしても、わざわざ殺されることにメリットなんてないでしょう? とすれば、貴方が死ぬことで得をする別の誰かが居ると考えるのが妥当です」
俺が殺される理由。
それにより発生するメリット。
こめかみに手を当て、それらしい姿勢をとって考える。
「……殺人鬼による被害者が、殺人鬼に一矢報いる為とか?」
「加害者側が、一矢報いさせる為にわざと生き残りを作るなんて、無駄が過ぎませんか? あれだけの技術があれば、一気に全滅させたほうが楽に決まってます」
「だよね」
思いついたことをそのまま口に出しただけなので、俺もけろりと同意する。というか、もしもそれがずばり正解だったとしたら、記憶を失う前の自分の性癖を疑う。被虐嗜好のハイエンドじゃねえか。
「あ、一人居るかも。理由はわからないけど、俺が殺されて得しそうな奴」
「誰ですか?」
俄然興味が湧いたように、ずいっと距離を詰めて尋ねる少女。その際、またあの華やかなシャンプーの香りが届いた。それに惑わされてしまわないよう、小さく深呼吸をして言葉を紡ぐ。
「夢で俺が殺されるときには、決まって声が聞こえるんだ」
「声、ですか」
相槌を打つ少女に頷いて見せ、俺は夢の内容を思い出しながら、慎重に話を進める。
「夢の中で俺は、死体に囲まれて『誰か』を待ってる。でも結局、待ち人は来てくれなくて、その代わりにどこからか声がするんだ」
「その声の主が待ち人なのでは?」
「そうかもしれないけど、たぶん違う。口ぶりからして、俺とあいつは同じ『誰か』を待ってたと思うんだ。でも『誰か』は来ない。するとそいつは、残念そうに笑いながらいなくなって、俺は殺される――」
――それじゃあ今回もこれでサヨナラだ、五味空気。
「――そうだ、あいつは俺の名前を呼んでた。確かに、五味空気って!」
思い出しながら話しているうち、俯いていた顔をがばっと上げる。すると真剣な面差しの少女と目が合った。その漆黒の瞳を、艶やかな唇を、こんなに間近で見たのは初めてで――改めて、この子すげえ可愛いなあなんて場違いな感想を抱いた頃になって、少女が顔を真っ赤にしながら一歩下がったのである。
「?」
「い、いえ、なんでもありません」
驚いて飛び退いたにしては反応が遅過ぎるような気もしたが、少女がそう言うのであれば深く追求はすまい。少女のほうもそのつもりらしく、こほんと仰々しく咳払いをして、それじゃあ、と話を続けるようだ。
「今の話を総合するに、貴方には共犯者がいる可能性が高いということですね。それにしたって、同じ人物を待っているのに、貴方だけが殺されるのは意味がわからないですけど……」
ちなみに、と少女は尋ねる。
「その声の主の容姿は、思い出せませんか?」
「それは――」
思い出せない、というよりは、見たことがないと言ったほうが正しい。
そいつの声は、どこからともなく聞こえてくるのだ。記憶に靄がかかっているとか、そういう類のものではなく、本当に声だけ。どこかで聞いた覚えのあるような気もするが、それがどこのどいつかまでは、喉まで出かかっている癖して微塵にも思い出せない。
「そうですか」
俺の曖昧な回答を聞いて頷いた少女は、写真を片づけると、すっくと立ち上がった。どうやら、今日の尋問はこれで終わりらしい。
「その謎の声の主については上に報告して、もう少し詳しく調べてもらいます」
ようやく手掛かりらしい手掛かりが出て良かったです。
少女はそんなことをぼやきながら、写真を鞄に仕舞い、パイプ椅子も元の場所に戻した。