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「本妻」のような堂々たる姿で圧倒的強さを見せるカレールーの話

失礼極まりないが、はじまりは「不本意」だった。

諸事情でいつも愛用しているスーパーではなく、別のスーパーに足を踏み入れた。今夜はカレーの予定である。私はスタスタと歩き回りながらカレールー売り場を探し当てた。

ん……? カレールーの種類、少な……!!

愛用スーパーなら様々なメーカーのルーが所狭しとひしめき合い、それぞれが買い物客に訴えかけるように熱い視線を送ってくる。しかし、今日は極端に種類が少ない。

3種類程度の中から選ぶはめになったが、我が家には5才の幼児もいるため、全員が食べられるルーとなると選択肢は絞られてくる。(まあ今日のところはこれでいっか)と半ばやっつけ仕事で手に取ったのが『バーモントカレー』だった。

もちろん、バーモントカレーが昔からある息の長い商品であることは知っているし、食べたこともある。

しかし近年、各メーカーがこぞって研究を進め、スパイスをふんだんに効かせてるだの、大人もおいしいリッチな甘口だの、コクなら負けねぇだの、いや香りが一番引き立つのは俺だっつってんだろなどと殴り合いのケンカを始めたため、イチ消費者としてその論争に巻き込まれてしまい、ルー迷子になってしまったのだ。「ケンカはやめて」と困った素振りを見せつつ、内心は楽しみながら、その日の気分で毎度違うルーを買ったりした。

本当に困ったのはここからで、まあどれも美味しいし、よくできている。何かを買って(今日は失敗だった)と思わせることがない。さすがは国民食とも言われるカレー、メーカーのそこはかとない企業努力には脱帽である。結局私はルー迷子通り越してルー袋小路となり、現在に至ったわけなのである。

さて、問題のバーモントカレーだ。

自宅に戻ってまじまじとパッケージを眺める。

君、あれやな。ずっと変わらんな。いや、多少はデザインがリニューアルしとるのかもしれんけどな。しかし、パカッと上部だけカットしたりんごに、プーさんが盗み食いに来そうなくらい大量のハチミツをとろ~っとかけるその手法は、確か私が子供の頃からやっとるよな?

いいんか? それでいいんか? 他のメンバーはパッケージもこだわっとったぞ? やたらオシャレなフォントにしたり、皿の端っこをダイヤみたいにピカっと光らせたり、全体をゴールドでかっこよく覆ったり……。

しげしげと見つめ続けたが、結局バーモントカレーからの返事はなく、私は諦めてカレーを作り始めた。

しかし、カレーの何がいいって、思考停止していても作れるほどのシンプルな工程だ。味を見ながら砂糖醤油みりん等を微調整するという実験のような行為がない。しかも材料は比較的値上げしにくい玉ねぎ人参じゃがいもときている。あとはちょこっとサラダでも出しておけば、「カレーの日」としてダイニングテーブルが整うのである。

また、ワンチャン叶えば次の日に「二日目のカレー」として崇め奉られる料理をゼロ工程で提供できるのだ。

主婦にとってこんなありがたい料理が他に存在するだろうか! カレー is神!!

などと、一人盛り上げっていたら、目の前にはグツグツと鍋で煮込まれた具材が現れた。さすがはカレー、集中していなくてもほぼ出来上がる。ではルーの投入といこう。いったん火を止め、それでも尚グツグツ言っている鍋にそっとバーモントカレーを割り入れる。果たしてバーモントはどんな仕事をしてくれるのだろうか。

いい塩梅にルーが解け、再び火をつけ、今度は弱火で煮込む。10分程が経過し、どれどれと味見をした時だった。

「!」

私の舌に驚くほどハッキリとしたビックリマークが姿を現した。

えっ? えっ? 何これ! 超うまいんですけどーーーーーーー!!!!!

これまで渡り歩いてきた数々のルーたちを凌駕するうまさだ。

いや……でも、もしかしたら、私の早とちりかもしれん。

いったん小皿を置き、ふーっとひと息吐きだす。少し冷静になって判断しよう。

二回目の味見のため、カレーを口に運ぶ。

……。

いや! やっぱり! これうまー!!!!!

間違いない美味しさだった。

慌てて箱の裏面の原材料名を見てみると、ガーリックパウダーが二種類に香辛料と本来のカレーに必要不可欠と思われるスパイシーな名前がありつつ、かと思えばバナナペーストという斬新な甘みが入っていて驚かせた。もちろん、りんごとハチミツもどっしりとした面構えでそこに肩を並べている。

甘いものと辛いものを交互に食べるとエンドレスにイケたりするが、バーモントカレーにおいてもこの理論が成り立つのだろうか。甘いのと辛いのがメーカーの企業秘密でいい感じにごちゃ混ぜになった結果、スパイシーさを優しい甘味が包み込み、コクのある深みが出ている。いや、出過ぎている。

あー! 早く、白いご飯にかけて掻き込みたい! そんな衝動に駆られた。

「お母さん、おかわり!」

その日のカレーライスは息子たちにも好評で、二日目にゼロ工程で出すカレーの夢はついえたが、美味しく食べてくれるならまあいいかと諦めた。

あまりの美味しさにSNSで呟いたところ、フォロワーからの返事は「結局これが最強なんよ」「一周まわってバーモントに帰結した」「なんやかんやでバーモント」などバーモントカレー愛にまつわるものばかりだった。

なーんだ! みんなもバーモントカレー好きなんじゃん!!

ダメ押しで昨年度のカレールーの売れ筋ランキングを調べたところ、バーモントカレーの中辛が堂々の一位。まさしく我が家が今回食べたものだった。

派手な演出はなくとも、そこにずっと変わらないでいる強さはまるで「本妻」のようだ。このご時世、男性は浮気をする生き物などと言うと多方面からお叱りを受けそうだが、いくらフラフラしたところで最後には必ず戻ってきたくなる居場所のような強さをバーモントカレーは持っている。私がいろんなルーに浮気している間にもバーモントは事を荒立てたりせず、静かに待っていてくれた。だからこそ、私もバーモントの美味しさに再び出会う事ができたのだ。

この先、新商品が出てフラついたとしても、私は必ずバーモントカレーに戻ってくるだろう。


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